感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2004090010 吉本隆明 改訂新版 共同幻想論  1968 日本 角川文庫

評者:発起人    評価:8   読了日:2004/09/24   公開日:2004/09/24

国家とは「共同幻想」である−「団塊の世代」のバイブル?

 

 勢古浩爾(せこ・こうじ、1947-)の『思想なんかいらない生活』(2004)でただひとり「依然として別格」であるとされた、吉本隆明(よしもと・たかあき、1924-)が1968年に単行本として出版し、角川文庫に所収されたとき(1982)に改訂がほどこされたのがこの『改訂新版 共同幻想論』である。(なお、このサイトでは最初に単行本化されたときを「刊行年」としているので、1968年刊行として分類している。)

 吉本ばなな(1964-)の父としてだけでは無く、戦後思想界に屹立する巨人として多くの読者を獲得してきた著者は、いわゆる「団塊の世代」より上の、新左翼学生運動の高揚を体験した世代に特に大きな影響を与えた人である。詩人として出発し、大学には属さず、状況への発言を続け、あらゆる事象について徹底的な思索を深めていき、膨大な著作を残している。

 以上を私はこの本の「解題」などで知ったのだが、作者が「よしもと・りゅうめい」と呼ばれ、「俺たちんときはもうバイブルみたいなもんよ〜!」と1960年代に学生生活を送った、酔った上司に言われたことがあるのを思い出した。

 うーむ。'60年代の学生はこんなに難しい本を読んでいたんだね。でもやはりこの本が非常に原理的な問題に取り組んでいる本であるように見えて、実は当時の政治状況が共有していたに違い無い問題意識を前提にしていたのも事実だろう。つまり、学生運動の高揚という政治状況が消えて久しい今、これを国家論の理論的書物として読むだけでは大きな感動は得にくいということである。

 それでは、その状況に即した問題意識とは何であったか?それは(打倒すべき)日本の国家権力の構造を原理論的レベルにおいて分析することであり、既存左翼のマルクス理解の陥っていた経済決定論的誤りを根底から批判することにあった。

 そのために、作者が導入した理論装置が、「共同幻想」であり、これに「対幻想」、「個的幻想」という三つのレベルの人間の「幻想」に対応するものとして、「国家・法・宗教」、「性・家族」、「文学・芸術」という制度を結びつけたのである。この三つのレベルの幻想の関係・構造・表現を柳田國男『遠野物語』と『古事記』の記述の具体的な吟味を通じて、やがては日本古代国家成立の起源にまで思考を進めていく。

 あー、まあこんなに雑にまとめてもあまり意味が無いし、私の理解も浅薄である。えらそうなことを書いたが、この作者の他の主著も読んでいない。吉本隆明がはたして「世界思想」レベルに達していたかどうかというようなこともわからない。今読む意味があるかも疑問ではあるが、もう少し他の本も読んでみたい。(というまとめ方をした感想文は多いが、その後他の本を読んだということがあまり無いのだが・・・) 


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