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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2004070007 | 勢古浩爾 | 思想なんかいらない生活 | 2004 | 日本 | ちくま新書 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2004/07/14 公開日:2004/07/14
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身も蓋も無い「思想」批判−読んで面白く思う私はすでにたぶらかされた素人か
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洋書輸入会社に勤務しながら、新書などを中心に本を書いているという勢古浩爾(せこ・こうじ、1947-)の捨身の「思想」(家)批判である。 槍玉に上がっているのは、竹田青嗣、加藤典洋、橋爪大三郎、小浜逸郎、柄谷行人、蓮實重彦、大澤真琴、福田和也、中島義道、永井均、池田晶子、姜尚中、副島隆彦等々、現代日本のいわゆる哲学・思想・文芸評論系「論壇」で活躍している人たちである。 えっ?誰も読んだことも聞いたことも無い?そういう人にはこの本は面白く無いと思う。 何人かは読んだことがある人は、あー、わからなくて当然だったんだ。それ以上深入りしなくてよかったと思うだろう。(私はこの部類に入る。) 当然こういう人たちの本はほとんど読んでいるという、「思想」好きあるいは「思想」を職業にしている人にとってはどうなんだろう?勢古はこんな身も蓋も無い自爆テロのようなやり方では今後この「業界」で生きていけないだろうと思うのか、無視するのか、密かに快哉を叫ぶのか? 著者は、若いころ「思想」にあこがれたが、「・・・目がさめた。・・・「思想なんか自分の人生には関係がない」とまで思うようになった。」(p010)そして、この「・・・素人(大衆)をたぶらかす「思想」(哲学、批評)批判」、「それと対になったインテリ批判、ひとりよがりの「思想者」(哲学者)批判」である本書を書いたのだという。 「なんのために。ふつうの生き方、つまり「思想なんかいらない生活」を擁護するために・・・実利の人生を擁護するためにである。」(p010) 実を言うと、この本、新幹線で読んでいて、ときどき笑いを抑えるのに苦労した。昔かぶれた「思想」についてオジサンが飲み屋で愚痴をこぼしているような感じである。愚痴をこぼしてもいいが。この文体がそう思わせるのかもしれないが。 あー、これで気が楽になった、もう柄谷なんか読むのはやめようとは思ったのであるが、しかし、「吉本隆明だけは依然として別格」?そして、「いずれ吉本隆明論として独立した一冊を用意している」? うーむ。どこまで信じていいのやら。そもそもこんなホームページを立ち上げている私はすでに「ふつうの」生活に戻れないのか。 |