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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2004070004 | 吉村作治 | ツタンカーメンの謎 | 1984 | 日本 | 講談社現代新書 |
評者:発起人 評価:5 読了日:2004/07/08 公開日:2004/07/09
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夭逝したエジプト少年王の謎に迫る!
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このサイトもこの本で138作家167作品ということになるのだが、138作家のうち、「吉村」という苗字はこれで4人目(達也、正和、萬壱に次ぐ、敬称略、ってこれはいつもそうである)である。しかし他の「吉村」と比べて、本書の著者である吉村作治(よしむら・さくじ、1943-)はいちばん有名な人かもしれない。 なにしろテレビの露出度が違う。早大エジプト学研究所所長だが、同時にクイズ番組などの常連なのである。 さて、何故、私がこの本を手に取ったか?フロイトの『モーセと一神教』(1939)がきっかけである。このフロイトの最後の著作への感想で私はこんなことを書いている: 「 モーセは実はエジプト人であってエジプトで一時勢いを得たアートン教という一神教を囚われていたユダヤ人たちに伝え、エジプトを脱出しこの一神教を純化したのであるという記述はその真実性は門外漢の私にはよくわからないものの、十分面白い。 」 さてその「真実性」は「門外漢」の私にも判定ができるようなものだったか?残念ながら、そうではなかった。なにしろ、この吉村教授の著作はユダヤ教の話でも無く、エジプトのファラオ(王)たちのなかでほぼ唯一、その墓が無傷で発見された、ツタンカーメン王についての本なのであるから・・・。 しかし、ツタンカーメン王の先代の王、アクナテン王が熱烈な一神教信者であり、エジプトの伝統的宗教とそれを護持しようとする神官たちを押さえ込み、自らの治世ではエジプトにはめずらしい一神教的支配を確立したということは書かれている。 しかし、モーセがエジプト人であったとか、このエジプトの一神教がユダヤ教の元となったというようなことについては全く触れられていない。やっぱりフロイトのこの著作は妄想的な産物だったのだろうか? それからよく聞きますね、「ツタンカーメンの呪い」−。このまだ十代で亡くなった王の墳墓を発見した関係者が次々と不審な死を遂げている!私も少年時代にそのような本を読んで興奮したものでした。 でも、そのような「呪い」は、実はほとんど根拠が無く、むしろ発見者のハワード・カーターとそのスポンサーのカーナボン卿が資金調達の一環として、1922年の発見以降「ロンドン・タイムズ」と独占契約を結んだことを、他の新聞社が妬んで、関係者の偶然の死を「ファラオの呪い」として書き立てたものであるという−さよか。 ツタンカーメン王墓の発見の逸話、中で発見された秘宝の数々、そして「ファラオの呪い」の真相、ツタンカーメン王(紀元前1360頃−1340頃)が実質的に最後の王となってしまったエジプト第一八王朝の歴史の概観、少年王の生い立ちと生活・死をめぐる謎、そしてなぜ他のファラオたちの墓が早い時期にほとんど盗掘の被害にあっていたのにこの王の墓だけはほとんど無傷で二十世紀の発見を待ったのか−? こうした疑問に著者はエジプト研究者の過去の成果に自分の見解を付け加えてきわめて合理的な解釈を提示している。なるほどなるほどと納得はしたのだが、しかし、フロイトの提示した謎には一歩でも近づけなかった。もちろんそれは私個人の問題意識なのであって、吉村教授には何の罪も無いことである。 さて5人目の吉村は誰か? |