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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2004050008 山本周五郎 青べか物語 1961 日本 新潮文庫

評者:発起人    評価:8    読了日:2004/05/25    公開日:2004/05/27

浦安に本物のユートピアがあったころ?

 

「浦粕(うらかす)町は根戸川のもっとも下流にある漁師町で、貝と海苔と釣場とで知られていた。」(p9)という文章で始まる山本周五郎(1903-67)のこの小説、ああ、浦粕というのは浦安で根戸川というのは江戸川だよな、と思って当然読み始めるわけである。

 実際に作者は1926-30年ごろまで当時の千葉県浦安町に住んでいたらしい。とすれば、これはほんとうに作者が見聞きし、町の人々と交流した中から生れた作品だと思って当然である。

 作中の「私」は浦粕の人から「蒸気河岸(がし)の先生」と呼ばれ、あまり高く売れない原稿を書いて暮らしている。そんな「私」が「芳爺さん」から買わされたのが「青べか」。

「べか舟というのは一人乗りの平底船で、・・・小さいながらも中央に帆桁もあって、小さな三角帆を張ることができた。」しかし、「私」が買わされたのは、外側が青く塗ってある「ぶっくれ舟」の「青べか」だった。

 「私」はこの「青べか」に乗って釣り糸を垂れ、外食するときに耳に入る話や、町の子供たちから聞く噂話を書きためていく。各篇が独立して読める作品になっていて、この町の姿が立体的に読者の前に現れてくる。叙情的な町の風景、美しい海沿いの町の自然も心を打つ。

 この町の人々は経済的にはあまり豊かでは無いように見える。性的にはかなりオープンであり、不倫などは日常茶飯事、「ごったくや」と呼ばれる女性つきの小料理屋が繁盛し、女性たちは平気で川に全裸で入り身体を洗い、通りかかる男たちをからかう。ちょっと前の日本はこうだったんだろうな。でも当然、仕事もあるし、人々は毎日の生活を営んでいるのである。

 様々な魚や貝、海苔が取れ、各地を結ぶ「通船」と乗組員が各地と町を結ぶ。遠浅の海と、町の南には「沖の百万坪」と呼ばれる広大な空地が広がっていて、ここの沼、池でも魚が取れる。獺(カワウソ)や鼬(イタチ)がよく人を化かすという。

 ここでの「私」は受身である。ほとんど自ら何かをしようということは無く、町の人たちからおもしろい話を聞きだす。

 でもやっぱり「私」はよそ者にすぎないのであり、この作品の最後に三十年後に再訪したとき、町は変わりあれだけ「私」が親しくなったつもりの町の人々も生き残っている人は「私」を全然覚えていないのである。

 「浦粕」は作者の描き出した夢なのか?「青べか」に乗って見た夢だったのか?

 今では鼬や獺のかわりに、アメリカで生れたネズミやアヒルが踊っている「沖の百万坪」のように、もう二度と返ってこない日本のユートピアの幻想のひとつなのか。


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