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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社
2004050002 テネシー・ウィリアムズ ガラスの動物園 1945 アメリカ 新潮文庫

評者:発起人    評価:7    読了日:2004/05/02    公開日:2004/05/02

効率・成功・ロマンス・冒険から取り残された人たちの悲喜劇。

 

  米国の劇作家、テネシー・ウィリアムズ(1911-1983)の作品。ブロードウェイで大ヒットし、この作品の成功でウィリアムズは世に出た。私自身がこの作家の本を読むのはこれが初めて。

 主な登場人物は、ウィングフィールド家の3人。

 母親のアマンダ。南部に生まれ育ち、農園主の息子たちにちやほやされていたのに、長距離電話会社に勤める男と世帯を持ってしまう。その男、舞台では写真でしか登場しない男は、家出をしたまま戻ってきていない。

 娘のローラ。足を少し引きずる障害があることで、高校もやめ、通い始めたビジネス・スクールもうまくいかない。家に閉じこもって、小さなガラス細工の動物たちを集めて、「ガラスの動物園」の世界に生きている。

 息子のトム。生活のため、靴会社の倉庫に勤務しているが、夢は詩人になること。現状に飽き飽きしていて、脱出すること=父親と同じ道を歩むことを願っている。

 舞台はセントルイスの裏通りのウィングフィールド家が借りているアパート。時代は1930年代半ば頃。登場人物の動きや舞台装置は写実的ではなく、舞台上のスクリーンに移される映像や文字を使うことがこの戯曲では指示されている。(実際の上演では異なる場合もあったようだ。)

 さて、このようなウィングフィールド家で、アマンダが娘のローラのためになんとしても「青年紳士」を家に招待しなければと考えることから波瀾が生じる。トムがアマンダの懇請に負けて同僚のジム・オコナーを夕食に招待する。実はジムはローラ、そしてトムの高校の同窓生で、スポーツも歌も上手な学校のヒーローだった。ローラも淡い愛情を抱いたことがあったのだ。

 さて、ジムの来訪、それに向けての準備と計画、ローラとの「再会」、結果は?

 訳者による解説では、実際に作者が靴会社にいやいや勤めさせられていたこととか、ノイローゼ(自閉症)の姉がいて、暴君のような父親によって無理矢理ロボトミー=脳切除手術を受けさせられたことなどが書かれている。

 この戯曲には、作者自身とその家庭の悲劇・父親への怒りなどの自伝的要素が色濃く反映されているらしいのである。

 「ガラスの動物園」が象徴する、繊細さ、美しさ、弱さはそのまま社会の主流に適応できない人たちの持つ気持ちを救い上げ、アメリカだけではなく世界中の人たちに共感を与えるものになった。

 人物やセリフが過度のステレオタイプのように見えるとすれば、それは私たちがすでにこうした鋳型が充満する世の中に生きているということを意味しているのかもしれない。あるいはこの戯曲が発表された時点(1945年)では、戦勝国の社会の贅沢な悩みと思われたかもしれないこのような物語も、現代の日本ではすでに物語の原型のひとつになったという見方もできる。

 「ガラスの動物」たちが生きて住んでいくにはあまりにもせちがらい、厳しい世の中に日本もなってしまっているということである。


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