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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2004020010 | 江國香織 | 号泣する準備はできていた | 2003 | 日本 | 新潮社 |
評者:発起人 評価:3 読了日:2004/02/28 公開日:2004/02/28
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現代日本女性の特定の層の代償としての物語集−「うはうはだな」、直木賞受賞!
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空港のラウンジで、パラパラとめくる雑誌、それは決して『週刊XX』とか『XXポスト』であってはいけない、大判の英語・カタカナ交じりの高級誌(英語で言えばslick magazine)でなければならないと考えているような方々にはお薦めの、そんな雑誌に載っていそうな物語が12篇。 作品集に登場する主人公(語り手)は女性。都会に住んで(多分それは東京か横浜あたり限定である)、専門的職業についていて(ついていた経験があり)、結婚している場合でもワイドショーを見たり、換気扇のしつこい汚れと戦ったりはしていそうにない。経済的には(夫・恋人の収入も含め)安定している。飲み物は洋酒(ワインなど)であり、海外(留学)経験もしていて、英語もできそうであり、知的水準は高いのである。 彼女たちの最大の関心事は恋愛とその破局であり、物語は破局の予感や破局に至るひとつひとつの会話やそれに結びついた物・風景の記憶を核として描かれている。私には十分成長しているとは思えない彼女たちの精神は常に子供時代に、学生時代に巻き戻される。原型としての父親像、そしてその父親を独占していた母親への敵意(のようなもの)も読み取れる。 この江國香織(1964-)の「恋愛」と「幸福」の破局のスケッチのような作品集、楽しめる方はどうぞ!私には残念ながら甘やかされて育った(元)お嬢さんの同工異曲の「悩み」にも、彼女たちの目を通じて描かれた影絵のような男性たちにも共感するところはほとんどなかった。 「うはうはだな、と、父は言った。・・・子供にとって嬉しいことが重なったり続いたりすると、からかうような口調で、こりゃあみちるはうはうはだな、と。」(「そこなう」p235) 私はこの作品の主人公が「怖い言葉」として三十八歳になるまで覚えている「うはうは」などという言葉を使うこの「父」の苦しみのほうにこそもっとこの小説の主人公たちは目を向けるべきだとは思うのだが、そんな普遍的な優しさや愛はこの小説の主人公たちからは生れそうもないのである。 これじゃあ、破局して当然だ、影絵のような男たちはこんな一方的に略奪的な「愛」に耐えられるはずは無いのである。 |