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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
| 2004010002 | 中島らも |
人体模型の夜 |
1991 | 日本 | 集英社文庫 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2004/01/11 公開日:2004/01/11
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きわめてまっとうな正統派怪奇小説集−読者の期待が大きすぎるのか?
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著者の中島らも(1952-)はアルコール・薬物依存の体験をもとにした(と思われる)小説などで有名だ。昨年には麻薬取締法違反で逮捕・拘留され執行猶予付きの判決を受けている。私は警察でも医者でもましてや文芸評論家でもないから、中島らもが何をしようといっこうにかまわない。「面白い」あるいは/かつ「ためになる」作品を読ませてくれればいいのである。 この『人体模型の夜』(1991)は首屋敷と呼ばれる解体寸前の屋敷に忍び込んだ少年が奇怪な人体模型を発見するプロローグに始まり、人体の各部分をテーマにした短編が12編続く。エピローグで再び少年が登場するがこれらは人体模型が少年に語った物語であったという趣向である。 各編ともまともである。正統派である。アルコールや薬物はテーマでは無い。合理主義が最後の瞬間に超自然的現象に打ち破られていくというホラー短編小説の基本に忠実である。つまり、各編とも「世にも不思議な物語」でそのままTV化してもおかしくないような古典的構成にのっとっているのだ。作品としてのできばえも秀逸である。 しかし、回りくどい言い方をやめると、この本を閉じると「怖さ」はすぐに消えてしまう。現実と小説世界が切断されているのだ。ホラー小説を書こうとしている小説家が書いたできのいいホラー小説、という感じがするのだ。 でも、中島らもはほんとうはもっと怖い世界を知っているんじゃないのか?合理主義/神秘主義などという使い古された言葉を無効にするような世界を体験させてくれるんじゃないのか?と思わせるのが中島らもである。そのような境地にまで達してほしいと期待してしまうのである。無理して素面のフリしなくてもいいじゃないかと思うのである。 もちろん13年前の、社会に認知され始めた頃の作品集にそのような境地を求めるのは過大な要求であり、最近の作品は読んでいないのだが・・・。新刊も読んでみようかな? |