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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社

2003110012

小川洋子 博士の愛した数式 2003 日本 新潮社

評者:発起人    評価:10    読了日:2003/11/28    公開日:2003/11/28

博士もタイガースの優勝を喜んでいるに違いない

 

 端正な日本語だ。過不足無く読者にすべてを伝える文章だ。小説の言葉で(論文のような言葉ではなく)これだけのことを伝えられるということはすばらしい。優しさ、思いやり、愛情というような感情が、この小説の登場人物たちの間で共有されている、そのことがはっきり伝わってくるのだ。しかも、これは大切なことだと思うのだが、安っぽい自己陶酔や涙の押し売りがない。あくまでも淡々としているのだ。

 1992年、家政婦の私(29)は組合から博士(64)のもとに派遣される。博士は文字通り数学博士だったが17年前の交通事故のため記憶障害になってしまっている。事故のおきた1975年以降の記憶はわずか80分しか保持できないのだ。服のあちこちにクリップでメモを留めている。たとえば、「僕の記憶は80分しかもたない」。そして「私」とはじめて会った日からは、「新しい家政婦さん」のメモが子供が描いたような似顔絵とともに加わった。

 博士が愛したのは、数であり、子供である。そして「私」には阪神タイガースファンの小学5年生の息子がいる。「私」は18歳で結婚できなかった男との間で息子を産み、ひとりで育ててきた。博士は息子をその頭の形から「ルート」と名づける。

「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」

 子供をひとりで放置していくのはよくないことだという博士の主張で、ルート、博士そして私の生活が始まる。とはいっても家政婦の仕事は月〜金の午前11時から午後7時までだから、四六時中いっしょにいるわけではない。

 3人を結びつけるのは、数学であり、阪神タイガースであり家事なのである。たとえばオイラーの公式、背番号が「完全数」の28である江夏豊、「私」が作る料理。このように一見異質に思えるものが共存し、交錯し、溶け合ってひとつのすでに取り戻すことができないであろう完全で幸せな世界を作り上げた。

 阪神タイガースや数学が嫌いな人も、好きな人なら(*)なおさらご一読をお勧めする(私の場合はこのふたつのうちひとつは好きである)。こんな安直な言葉はおそらく作者の小川洋子(1962-)は使わないだろうが、至高の小説体験である。(あ゛ー、でも帯には「せつなくて、知的な至高のラヴストーリー著者最高傑作」なんて言葉が印刷されていました。きっと編集部がつけたんだと思いますが・・・)

* 1992年といえば、ほら、あの八木のまぼろしのさよならホームランも出てくるよ〜!


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