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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003110003 |
矢作俊彦 | ららら科學の子 | 2003 | 日本 | 文藝春秋 |
評者:発起人 評価:10 読了日:2003/11/10 公開日:2003/11/10
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「たとえどんなものであっても自分の若いころが懐かしい」(p84)だけではない
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「彼」(この小説では名前が無いのである)は30年ぶりに中国から現代の日本に帰ってきた。学生運動に関連して警官数人の殺人未遂容疑で手配され、文化大革命の時代の中国へ密航したのだ。30年間のほとんどを中国奥地の莫賓という辺境の村で過ごした彼は、そう、まるで浦島太郎のようだ。 日本は変わっていた。 本屋に入ると、「朝日ジャーナル」は見当たらなかった。埴谷雄高は死んでいて、「あの長い小説」は未完に終わっていた。 渋谷では、「制服姿の少女が三人」「尻を地べたにつけて座っていた」。「スカートがやたら短く、今にも下着が見えそう」で、「伸びた足は上から下まで同じ太さだった。」「オヤジ!」「見んじゃねえよ。見んだったら金出しな」と言われる。後ろから来た若い男にぶつかりそうになるとまた「何か用かよ。オヤジ」とすごまれる。髪はひとりは金髪、もうひとりは紫色で唇も紫で、「寺山修司の芝居みたいだ」(p33)。 長嶋はジャイアンツの監督になっていて王は「福岡のチーム」の監督をしているらしい。「写真の長嶋は、白髪の老人だった。」(p114) 大学には立て看板も赤旗も無かった。駅前で募金を集めていたのは「彼」が想像したようにどの政治的党派でも無くカルト宗教らしい。 彼の家は地上げされていて父母は死んでいた。 それではこの矢作俊彦(やはぎ・としひこ、1950-)の長編小説は単に全共闘世代の懐古談、あるいは今を嘆く怨み節なのだろうか?それもあるが、それだけでは無い。 浦島太郎は龍宮城で楽しい日々を送ったが、「彼」の中国での生活は決して楽しいものでは無かった。「紅衛兵運動」は「彼」が中国に渡ってすぐ収束し、その中心地のひとつ、上海からすぐ「彼」は僻地の莫賓に「下放」された。莫賓での時間はゆっくり流れ、日本とは比較にならないほど貧しかった。しかし、とにもかくにも「彼」は中国人の妻を持ちそこで日本が、世界が変化しているのと同じ年月を過ごしてきたのである。 「彼」は妻が広州に働きに出たことをきっかけに日本への帰還を決意した。そして上述のような日本に出会ったのだ。中国への密航前の親友だった志垣はこの小説では「彼」との携帯電話での会話と回想の中でしか登場しないがヤクザ(企業経営者)になっている。「彼」の日本での生活の面倒を見るのは志垣の子分(社員)で元中国系ベトナム人の孤児で現在はアメリカ国籍の傑(ジェイ)という男である。傑とは別に、牛丼屋で朝からビールを飲んでいた女子高生が「彼」にとって現代日本のガイド役を務める。 「彼」は10歳下の妹に会いたいと思い、傑などの協力で妹を探し当てる。妹はエッセイストになっていた。だがいったい妹に会ってどうするのか?妹も変わってしまったのではないか?「彼」が密航する前に家から兄のために重い荷物と家のお金を持ってきてくれた8歳の妹も今の日本人になってしまったのではないか?「彼」の決断は?これは是非読んで味わってほしいところだ。この小説、懐古談だけでもなく、怨み節だけでも終わっていないのはこの「彼」の決断のためだと思うからだ。 このタイトル、言うまでも無く「鉄腕アトム」のTVアニメの主題歌の一節だ。世の中が変えられるという理念が最後の輝きを見せた時代に、その時代から30年以上生きてきた世代の作家として、真正面から、てれたり逃げたりしないで向かい合った作品になっている。 |