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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003100013 |
山崎豊子 | 白い巨塔(一)(二)(三) | 1965 | 日本 | 新潮文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2003/10/30 公開日:2003/10/30
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医学界の腐敗にメスを入れた山崎豊子の傑作小説−再ドラマ化された話題作
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フジテレビ系でドラマ化され現在放送中の山崎豊子の傑作。新潮文庫版では全5冊で最初の3冊が1965年に出版された『白い巨塔』を、次の2冊が1969年の『続・白い巨塔』を文庫化したもの。とりあえず、この最初の3冊を読んだ時点での感想を記しておく。 大阪にある国立浪速大学第一外科助教授の財前五郎が主人公である。財前は苦学をして浪速大学医学部を卒業し、無給助手→助手→講師→助教授と順調に出世階段を上ってきた外科手術のエクスパートである。、とりわけ困難とされている食道癌の手術に新方式を編み出しその手技は抜群。実家の岡山には老いた母を残し、大阪で開業医を営む財前又一の娘・杏子と結婚し財前性になったのだ。 財前には大きな野望があった。当面は定年退官を間近にひかえた東(あずま)貞蔵・第一外科教授の後釜に座ることだが、そのために彼は外来、回診、手術、教育、学会での発表などの本来の仕事だけではなく、教室内の庶務・雑事の統括(つまり教授の「女房役」)としての仕事もそつなくこなさなければならない。そして財前は広い意味でも仕事ができる。当然世間の評判も高いしマスコミも注目する。しかしこうした財前の行為は周りの嫉妬・やっかみを招く。とりわけ国立大学医学部というところでは秩序をなによりも重視する。(それを象徴するのが廊下を教授を先頭に助教授・講師・医局員・婦長などを引き連れて歩く総回診である。) 順当に行けば東教授の後任になるはずの財前の教授昇進を阻止するためまず動いたのは東教授自身であった。そしてこの東派に対して、自分の政治力の確保・拡大という思惑から財前教授実現に動く鵜飼(うがい)医学部長の一派が激烈な選挙戦を繰り広げる。公職選挙法の制限を受けない選挙であり、実弾(金)、ポストの提供(医者らしくドイツ語でジッツとかいってます。最近の自民党総裁選では「毒饅頭」とか言う言葉が使われていましたが)、誹謗中傷などあらゆる手段が動員される。このあたり手に汗握る展開だ。 この教授選がだいたい半分、財前の訪欧を挟んで、後半は医療過誤の問題がメイン・ストーリーになっている。財前が患者の遺族から訴えられるのだが、法廷でのやり取り、これも選挙戦に劣らずスリリング。法律が医学界にメスを入れることができるのか?財前の運命は? 普通の意味では財前は悪役なのだが主人公もまた財前なのである。しかしそれにしては彼のキャラクターが薄っぺらである。続編に出てくるのかもしれないが、財前がときどき思い浮かべる岡山の母の存在、彼が貧しい無給助手だったころの希望・生活などがわずかだが小説の中に登場して、財前の医者としての良心のようなものが示唆されるのだが、教授選、そして裁判に取り組むときの財前はまったくの権力亡者のようである。 そのような財前に対して配されているのが、同期で同じ大学の第一内科・助教授の里見脩二である。かれはとにかく医者の使命感に忠実な学究肌であり、疑問のある症例には徹底的な検査を行う。学内政治の動きにも無頓着というかそのような動きを軽蔑している。そしてついには財前と決定的に対立することになってしまう。 しかし、里見センセイに見てもらうのもちょっとなあという感じもするのである。つまり効率が悪そうで、財前と里見、患者ならどっちを選ぶ?といわれれば、うーんとうなってしまうところはある。これは財前−里見という対称的なキャラクターがあまりにも紋切り型になっているからかもしれない。でも、この作品のように時代の課題に真正面から取り組む小説を上質のエンターテインメントとして提供した作者の腕はさすが。(手術のシーンなんか自分が痛くなってきます。患者だって麻酔されてるんだけどね・・・)こういう作品こそ「骨太」だと言われてしかるべきだ。 さて、続編はどうなるのか?楽しみです。里見に思慕を寄せる東前教授(退官されたんですね)の一人娘佐枝子の動きも気になります。 それにしても医学界というのは今でもこうなんでしょうか?こんなにドロドロしたまんまなんでしょうか?山崎豊子はこの本の文庫版の帯で、「三十余年たっても、医学界の封建性が今なお存在していることに、驚きの念を新たにしています。」と書いている。そうだよね、そうじゃなきゃテレビドラマにならないよね。(ドラマのほうの時代設定は現代らしい。) この小説では患者だけではなく、医者も病院内で平気でタバコを吸っていますが、それだけは無くなったような気がしますが・・・。 |