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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003100009 |
筒井康隆 | ミラーマンの時間 | 1975 | 日本 | 角川文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2003/10/17 公開日:2003/10/17
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夢は終わらない−天才・筒井の(28年前の)高校生向け作品集
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久しぶりに、筒井康隆(1934-)を読んだ。1997年8月31日に、『時をかける少女』(1967)を読んで以来である。 この作品集には5短編が収められている。いずれも主人公は高校生で、高校生を対象として書かれたのだろうが、さすが筒井康隆、時を超越して、また与えられた制約(=ジュブナイル)の中でも過激だ。 過激だと私が言うのは常に暗黙のルールや体制(反体制という名の体制・制度をも含む)に反抗する姿勢があるということであって、なまなかのことで常に過激であるということはできない。また、ほんとうに過激であろうとすれば過去の文学や学術的成果を常にふまえている必要がある。この点で、私の知る限り、筒井康隆はトップランナーであった。(1990年の『文学部唯野教授』以降の作品は読んでいないのでわからない。) さてそのようなゴタクはやめて各作品の紹介を−。 「暗いピンクの未来」:高校1年の「おれ」(白井常夫)はとにかく画家になりたくて勉強そっちのけで絵を描いているが、12年後の世界にタイムスリップしてしまう。未来では「おれ」はファッションデザイナーになっていて「シライ」ブランドはひとつのビジネスになっているが、コンピュータが「シライ」ブランドの脅威になりつつあった。 「デラックス狂詩曲」:高校1年の「わたし」(一美)はなんについても「デラックス趣味」。ある日自分の家にあるテレビで高級ギターの演奏を見ていたら写りが悪くなったので今まで触ったことが無いスイッチを押して見ると・・・なんと欲しかった高級ギターが出てきた!ギターだけではなかった。上等の下着も、タレントの「牧啓三」も・・・。 「超能力・ア・ゴー・ゴー」:高校生の「おれ」(津木)は音痴である。あこがれの美人、同じクラスの志野田享子に「ガリ勉」はかっこ悪いと言われ、脳外科医の親父に「間脳刺激手術」をしてもらう。すると「おれ」の音楽の才能は急激に開花する。『全国・中学・高校ロック・フォーク大会』に自作の『葬いのロック』で参加すると・・・。 「白いペン・赤いボタン」:高校生の「おれ」(青山)は学校で白い万年筆を拾う。同級生で成績のいい赤坂が自分が落としたのだ返してくれというが、「おれ」は無視しその白いペンを持って帰る。その白いペンにはなんと予知能力があった!これで試験もバッチリ、それどころか競馬や株式で大もうけできるぞ!ところが・・・。 「ミラーマンの時間」:高校生の昌夫には顔の右半分に黒い大きな痣がある。これが気になってなにごとにも積極的な生き方ができない。みずから「現実だか幻想だかわからない世界」に生きていると思い込ませていた。ところが自分の家の鏡に右半身を押しつけると、痣の無い左右対称の自分が出てきた! 基本的設定はSFというか「ドラエモン」的というか「魔法のランプ」的なのだが、やっぱりそこは筒井康隆、変に教訓的にならず、いつまでも夢は続くのだ!(表題作では主人公を夢から目覚めさせているが、これは唯一の例外。) |