|
感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
|
2003090010 |
井本農一 | 芭蕉入門 | 1977 | 日本 | 講談社学術文庫 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2003/09/26 公開日:2003/09/26
|
虚構世界(風雅の世界)に生きた天才芸術家芭蕉の足跡
|
|
此の道や行く人なしに秋の暮 いやー、いいですね。なんとも言えず・・・。俳句を横書きにするのはかなり変な感じですが。 この本は、松尾芭蕉(1644-1694)の作品・生涯について、国文学者の井本農一(1913-1998)が1975年にNHKのラジオで放送した「俳諧師芭蕉」という番組の草稿に手を入れて、講談社学術文庫から出版したものです。(1977年) 私が小中学生のころは『奥の細道』の一節なんか学校の授業で読まされたような気がします。また俳句を作ってみよう!みたいなことをやらされた記憶もあります。最近はどうなんだろうね?最近では俳句も国際化して英語でHaikuを読む人も増えているようですが・・・。 さて、私が直接この本を読もうと思ったきっかけは〜ああ、フジテレビっ!(しばらく経つと何のことかわからなくなるよねきっと)じゃなくて、清涼院流水の『コズミック』の参考文献のひとつとしてこの本が上げられていたからです。ここだけの話、『コズミック』の中には松尾芭蕉も登場するんですね。 それはともかく、この本、簡潔に短時間に芭蕉の芸術のサワリを教えてくれます。 芭蕉は当初は機知や滑稽を重んずる談林俳諧から出発し、故郷の伊賀上野から江戸へ出て成功し言わば流行作家になります。そこで満足してしまえば芭蕉の名前も残らなかったかもしれませんが、彼は三十七歳のときに深川に隠棲してしまいます。そして反俗・脱権威の姿勢を示した作品を発表していきます。「現実的世界の外に出てアウトサイダーになることによって、風雅すなわち俳諧に専心しようとしたわけです。」(p56) 野ざらしを心に風のしむ身かな しかしこのような反俗の姿勢がかえってさらに人気を呼び、芭蕉は名士(セレブですね)になってしまいます。芭蕉は行く先々で門人や俳諧を嗜む地方の有力者たちに迎えられます。これでほんとうにいいのだろうかという反省から彼は当時まだ辺境の地というイメージのあった東北地方を旅しようと考えます。『奥の細道』として後にまとめられたのはこのときの体験をもとにしています。 ところがこの『奥の細道』、自然描写はほとんど無く、また実際の旅行をそのまま書いたものでは無かったようです。「芭蕉は旅の事実を素材とし、紀行という文芸形式を借りて、自分が胸中に抱いている風雅の理想図を描いて見せようとしたのだと」(p149)著者は考えています。「虚事のために実事があるので、実事のために虚事があるのではない」(p160)という考え方です。 荒海や佐渡に横たふ天の河 この旅のあとも、芭蕉は各地を訪れ、最後は大坂(昔はこう書いたんですね)で死の床につきます。 旅に病んで夢は枯野をかけ廻る 芭蕉の辞世の句、あまりも有名です。 たまには風雅の世界に遊ぶのもいいものです。重要な句の解説もあって心がしみじみとしてきます。 秋深き隣は何をする人ぞ |