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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003090009 |
ジム・ギャリソン | JFK −ケネディ暗殺犯を追え− | 1988 | アメリカ | ハヤカワ文庫 NF |
評者:発起人 評価:8 読了日:2003/09/24 公開日:2003/09/24
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歴史はいかに作られるか−現代に直結する闇に挑んだ検事の闘い
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1963年11月22日、テキサス州ダラスでパレード中のジョン・F・ケネディ(=JFK)米国大統領が暗殺された。 犯人として逮捕されたリー・ハーヴェイ・オズワルドは、「ダラス警察関係者に取り囲まれながら、何百万人もの人々がテレビを見守るなかで射殺された」(p406)。オズワルドを射殺した「ジャック・ルビーは、風邪をひいてダラスの保安官事務所で治療を受けたのち、その風邪が悪化して病院に送られた。その直後、彼が癌に冒されていることが発表され、その後まもなく、癌で死亡したという発表が行われた。」(p406) 管轄のダラス警察、そしてFBI、「暗殺事件の直後に任命された(連邦最高裁判所長官アール・ウォーレンが委員長を務める)ウォーレン委員会も」オズワルド単独犯行説という結論を出して事件は解決したように思われた。 事件当時ルイジアナ州ニューオーリンズの地方検事だった著者のジム・ギャリソン(1921-1992)は、「容疑者として逮捕されたリー・ハーヴェイ・オズワルドが事件の前の夏、ニューオーリンズに住んでいたために・・・ただちにこの事件と関わりを持つことになった」(p17)。米国の司法制度では、地方検事の職も選挙で選ばれ独自の人事権や予算権を持っているようだ。(フィクションだが、コーンウェルの検屍官シリーズでも、検屍官スカーペッタは選挙で選ばれている。) ギャリソンは、オズワルドのニューオーリンズでの行動を調査し始める。ただちに明らかになったことは、オズワルドがデイヴィッド・フェリーという男といっしょにいたことを目撃されているということだった。ギャリソンはフェリーを尋問のため拘束したが、FBIはフェリーを釈放、ギャリソンもこれを甘受した。 それから3年後、ギャリソンは「ウォーレン委員会」の報告書を読んで、オズワルド単独犯行説では説明できない矛盾点を数多く発見する。たとえば、オズワルドが大統領を狙撃したとされるテキサス教科書倉庫ビルからでは無く、パレードの前方の空き地から銃声がした、また男たちが走り去るのを見たと言う数多くの証言。また当然記録に残ってしかるべきの多くの証拠が残っていない、あるいは非公開にされているという事実。たとえばケネディ大統領の遺体はテキサス州法に違反して、すぐワシントンに空輸されており、どういうわけか大統領の脳は保存されていない。 ギャリソンは再び本格的な調査を開始し、1967年、ニューオーリンズの名士、クレイ・ショーを逮捕する。全米のマスコミがギャリソンを攻撃する。ギャリソンの行為は売名行為だ等々。逮捕の直前には重要な証人であるデイヴィッド・フェリーが不自然な死を遂げる。(他にもこの事件の関係者で不審な死を遂げた人物は数多い。ツタンカーメンの呪いじゃないよ!)ギャリソンのチームには(後でわかったことだが)CIAから派遣された「ボランティア」が援助を申し出、連邦政府にチームの情報が筒抜けになるばかりか、ギャリソン自身を罠にかけようとする事件も起こる。 1969年、陪審はショーを無罪だと評決、ギャリソンは敗れる。しかも1971年には組織犯罪との関わりという理由でギャリソンは逮捕(すぐ保釈)、起訴される。この裁判はまったくのでっち上げであることが判明し、ギャリソンは無罪判決を受けるが、直後の地方検事選挙では敗北する。 ギャリソンはケネディ暗殺は、CIAなどの「情報コミュニティ」など米国政府内の冷戦推進派による陰謀であり、「クーデター」だったと自らの結論とその根拠を述べている。オズワルドは単なる囮のひとりだったのだ。 著者のギャリソンは米国では(マスコミの総攻撃を受けてか)有名な人だったらしく、ケネディ暗殺事件について書かれた落合信彦の『二〇三九年の真実』(1977)にも登場している。またこの本はオリヴァー・ストーン監督、ケヴィン・コスナー主演の映画『JFK』の原作としてのほうが良く知られているのかもしれない。 問題は、これだけの疑問・異説・証拠があるのにもかかわらず、多くの一般の米国人や歴史家も疑っているのにもかかわらず、またこのような著作やそれに基づいた映画が公開されているのにもかかわらず、全体としては米国ではギャリソンの言う「情報コミュニティ」、あるいは落合信彦の言う「軍産複合体」が権力を掌握しているという構造には変化が無いということである。それどころかその後の歴史を辿ると、さらに強大な情報統制・操作や合法・非合法を問わない活動で「帝国」アメリカの突出を支えているように見えることである。 たしかに、こういう「陰謀」を疑いだすときりが無い。ギャリソンも書いている。 テレビのトーク番組の事前打ち合わせで:「私は、自分が一九三〇年代なかばのドイツ国民で、アドルフ・ヒトラーの正気を公然と疑ったために精神病院へと送られることになり、それに先立って尋問を受けてでてもいるような錯覚を覚えた。」(p322) 自身の裁判では、「私の裁判はさながらフランツ・カフカの小説を思わせるものだった。」(p386) 自国に不愉快な事実から眼をそむけたくなる気持ちは別に米国民に限ったことではないだろう。また米国の「情報コミュニティ」は当然日本でも活動しているはずである。ふたつの意味で(いささか繰り返しやわかりにくい表現も多いが)すべての人が眼を通しておくべき基本文献になっていると思う。 もちろん、著者の意図から考えると不謹慎かもしれないが、エンターテインメントとして読んでも一級品である。 |