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著者 書名 刊行年 刊行国 出版社

2003090001

浅田次郎 蒼穹の昴 1996 日本 講談社

評者:発起人    評価:9    読了日:2003/09/06    公開日:2003/09/06

「運命」と闘う人たちの群像を描き切った傑作歴史小説

 

  気迫のこもった大作である。舞台を中国・清朝末期に取った歴史小説であり、また中国五千年の歴史を継続させてきた「科挙」と「宦官」というふたつの制度について多くの読者の好奇心を満足させるという意味だけでも出色の出来ばえである。

 主要登場人物たちは実在の人物を含めて共通して「運命」を信じて、あるいは「運命」に反抗して闘う。「運命」はそれが認識されるや否やもはや「運命」ではなくなるのだ。蒼穹=青空に昴は輝かないが、人間は芸術において、また自身の生き方において、青空に昴を輝かせ、そのことによって運命=神=自然を超越することができるのだ。これがこの作品に込められたメッセージである。

 しかし実は小説においては「運命」=神は作者自身なのであるから、このことは簡単に実現できるように見える。しかしとくに歴史的事件を背景とした作品においては、リアリティの面からの制約を受けるため、「蒼穹の昴」のつもりがそのようには見えない場合が多々ある。そこが小説家の腕の見せ所なのであり、この作品がこの点で群を抜いて優れているところである。浅田次郎(1951-)は、おそらくこの作品で単なる「極道」出身のキワモノ作家では無く、才能と技術を持った作家であることを世間に認識させたのだと思う。

 貧しい農民の子供で「糞拾い」をしてようやく生きていた李春雲(春児、チュンル)は占星術師の老婆、白太太(パイタイタイ)の予言−西太后のすべての富を手中にするだろう−を信じ、そのためには宦官となる他は無いと考え、自ら男性器を切り落とし、西太后が支配する内宮に仕えるようになる。

 一方、同郷の李文秀は有力な家庭に育ち、春児に字を教えたりしていたが、超難関の科挙にトップで合格し(これは状元と呼ばれる)清朝改革派(変法派=「皇派」)の中心官僚のひとりとして、西太后を戴く「后派」(守旧派)と対決する道を歩む。

 本作品はこの宦官、春児と状元の李文秀を軸に、西太后をはじめ多数の登場人物を配して、この激動の時代とその中で生きたであろう人たちの姿を描き切ることに成功している。緊迫した「皇派」対「后派」の最終対決の場面は優れた軍事・政治・謀略小説にもなっており、西太后の政治をめぐる謎とその暴露は上質のミステリーの要素も併せ持っている。(西太后自身が主人公であると言っていいほど魅力的に描かれている。)

 この作品で作者はたしかに自らの「蒼穹の昴」を描いたのだ。


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