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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003080010 |
戸梶圭太 | 溺れる魚 | 1999 | 日本 | 新潮文庫 |
評者:発起人 評価:1 読了日:2003/08/18 公開日:2003/08/18
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平板で凡庸で退屈−時間と金返せっ!
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戸梶圭太(1968-)のこの小説、最初から最後まで、ひとつとしていいところが無いまま、終わる。冒頭には少しはあった期待はどんどん縮小し、怒りが膨れ上がる。本代と時間と胃薬代返せっ! 警視庁警部補の秋吉は女装癖を、同じく白州は強盗犯のアジトから金を着服したことを「警察庁特別監査官室」(=「特監」)に握られる。二人は「無罪放免」と引き換えに、「特監」が常に逃げられている公安警察に属する警部・石巻をスパイすることを命じられ、コンビを組んで張り込みを始める。石巻は外事第一課(ロシアンマフィア担当)に属しているのに、芸術家たちが集まる会員制バー『クリング・クラング』に足繁くかよっている。同じ頃、「大手複合企業ダイトーグループ」は”溺れる魚”と名乗る連中に脅迫を受けていた。実は石巻はダイトーの専務・保坂から金を受け取ってこの脅迫グループを追って『クリング・クラング』の常連連中に辿りついたのだ。 物語は、「特監」グループ、”溺れる魚”グループ、「ダイトー」の保坂と保坂の依頼を受けたヤクザの沢木とその手下たち、石巻とかれにつきまとう公安警察の伊勢崎、過激派”革滅”などが入り乱れ、最後は新宿−中野での銃撃戦とカー・チェイスで終わる。 そもそもこの作品、作者には何も書きたいことがなかったように思える。強烈に感じられるのは、すべてのものと人に対する嫌悪感だけである。無意味に繰り返される悪臭や嘔吐、殺戮の描写(といってももちろんそれはただ言葉を並べているだけなので描写のレベルに達していない)は作者の自分を含めた世界に対する嫌悪感の反映である。しかし、その嫌悪感はまったく徹底しておらず、実は作者は汚わいの中に生きていることを望んでいるのではないかと思われるほどである。登場人物たちは性格も社会的関係も平板で凡庸で退屈であり、「ありがちな」人物が「ありがちな」都合で登場し、物語を終わらせるために消去されていく。ひとりとして感情移入できる人物が登場しないという小説もめずらしい。 エンターテインメントとしてもきわめて質が低く、ミステリーとしては失敗作である。 そんなことは無いと思うが、もしこの作品が高い評価を受けているのだとすれば、日本のエンターテインメント小説理解の浅薄さを露呈しているものだと思う。なお、この作品は不思議なことに映画化されているらしい。 |