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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003080002 |
京極夏彦 | 狂骨の夢 | 1995 | 日本 | 講談社文庫 |
評者:発起人 評価:9 読了日:2003/08/09 公開日:2003/08/09
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こころの憑き物を落とす京極堂シリーズ第三弾−読者はますます取り憑かれるが・・・
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京極夏彦(1963-)の第3作。古本屋「京極堂」を営み、副業として神主を務める中禅寺秋彦を探偵役とする京極堂シリーズの第三作。今回も摩訶不思議な一連の事件を京極堂が「憑き物落とし」の手法を使って解き明かす。 表題の「狂骨」とは、『今昔百鬼拾遺・下之巻』にある、 「狂骨は井中の白骨なり。 世の諺に甚しき事を きゃうこつといふも、 このうらみの はなはだしきよりいふならん」 という妖怪(?)から来ている。つまり、今回のキーワードは骨であり、髑髏である。 時は、昭和二十七年(1952年)、海辺に住む怪奇作家、宇田川崇の妻、朱美が続けて見る奇怪な悪夢−海に沈み、肉は溶け白骨だけになっても海底に沈み続ける。急に浮上し、髑髏だけになって浮かび上がる−。そして生家、故郷、前夫にまつわる忌まわしい記憶と金色の髑髏のイメージ。 朱美から相談を受けた元精神科医の降旗もまた幼少時から髑髏の山の前で交合する男女のイメージに苦悩していて、降旗が寄宿している教会の牧師の白岡もまた何か固着して離れないイメージのため基督教の神を信じきれないでいる。 京極堂の妹で編集者の敦子、作家の関口は宇田川から朱美についての相談を受け、指名によって探偵の榎木津も、そして警視庁の刑事木場は逗子の海に浮かび上がる金色の髑髏、山中での集団自決事件の捜査の過程でこの「事件」に巻き込まれる。 骨と髑髏にとり憑かれた人たちの精神的な呪縛を京極堂が解き明かすことによって「事件」は解決される。京極堂=作者の用意する舞台装置はおどろおどろしいものだが、その解決手法は実はきわめて論理的だ。フロイトやユングなどの精神分析、脳の機能についての医学の成果などが随所に取り入れられている。 事件は複雑怪奇な様相を帯び、縺れた糸を解きほぐす京極堂=作者の腕はいささか強引でご都合主義的な面も感じられる。しかし、想定されている時代の世相の記述と擬古文調の旨さ、神話・歴史・文学・宗教から自由に題材を取る視野の広さ、京極堂とその仲間達の魅力的なキャラクターなど読者をこのシリーズの呪縛にかける腕はさすがである。また京極堂に対してつっこみを入れる木場や榎木津などはいわば自己言及的な批評家の役割も果たしており、この点も並の「ユーモア・ミステリ」をはるかに超えるユーモアをこの作品に与えている。 この文庫本の解説で作家の山田正紀が書いているようにたしかに京極夏彦は一時代を画した作家となっている。 |