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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003070001 |
J. K. ローリング | ハリー・ポッターと賢者の石 | 1997 | イギリス | 静山社 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2003/07/01 公開日:2003/07/01
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友情・努力・勝利そして謎解き−公式に忠実なベスト・セラー
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あまりにも有名になりすぎて、意地を張って読まないでいた本、しかも映画だけは見てしまった本。無数の「ハリ・ポタ」論が無数の視点から語られている本。おそらくかつてない規模の巨大なビジネスになっている本。こういう本について私が今さら何かを付け加えることはほとんど無いが、いくつかの感想を書いておきます。 (1) 「ハリ・ポタ」は現代のシンデレラ物語だ! 主人公のハリー・ポッターは11歳の誕生日を迎えるまで、伯母一家、ダーズリー家で育つ。バーノンおじさん、ペチュニアおばさん、その一人息子のダドリーに毎日毎日いじめられて育つ。なんとハリーの部屋はダーズリー家の階段の下にあるスペースである。魔法学校ホグワーツから手紙が届き(これを受け取らせないようにするためダーズリー一家は無駄な努力をする)、自分が有名な魔法使い夫妻の遺児、魔法界での超エリートであることを知るまで、ハリーは酷い少年時代を送ってきたのだ。 ダーズリー家の3人は徹底的に俗物として描かれており、そうした俗物に打ちのめされていたハリーがとんでもない才能と「遺伝子」の持ち主であるということが明らかになるひとつひとつの場面を読者はカタルシスをもって、自分の人生と重ね合わせたりしながら読み進むのだ。 でもね、同時にダーズリー家の人々はいったいどうやって生きていけばいいのか、これも自分の人生と重ね合わせたりしながら読み進む人も多いのではないかな?結局、人生は遺伝で決まるのかぁ〜、ヘンっ!じゃあ、おれがいくら努力したって、ダメじゃないかあぁ! (2) 大人は子供を見守っている!=物語の暗黙のルールが安心感を作る ハリーは魔法学校ホグワーツの中でいろいろな困難・事件・謎に直面するが、最後には友情・努力・勇気によって切り抜け、敵を倒し、魔法界の危機を救い、自分の属するグループに勝利をもたらす。しかし、どうやらこの勝利は亡くなった父母、校長ダンブルドア、森の番人ハグリッドなどの大人たちのサポートが効いているらしい。もっと早く教えてくれたら、こんな危ない目に遭わなかったのに・・・とたとえハリーが嘆いても無駄である。(もちろん、物語の中でハリーはこんなグチをこぼしたりはしない。) 現実の大人たちはどうあれ、この魔法の世界の大人たちは実は何でも知っている。子供たち、遊びなさいっ!でもルールは守りなさいよ!破目をはずすようなときはわれわれがちゃんとカバーするから・・・。だから読者も安心して読めるんだよね。ハリーが負けたりするようなことは、決してないことがわかっているから。(水戸黄門なんかとも共通してるかもしれません。) (3) ヴォルデモート卿はニーチェを読んで影響を受けたに違いない 「善と悪が存在するのではなく、力と、力を求めるには弱すぎる者とが存在するだけなのだと・・・」(p428)といわゆる敵役の親分、ヴォルデモート卿はおっしゃったそうである。うーん、これはまさしくニーチェ(あるいはその俗流解釈)である。 さて、それでは第二巻に進むか・・・・それともしばらく休憩するか?第二巻の映画も実は見てしまったんですね。ハリ・ポタだけじゃないけど、映画やドラマを先に見ると、頭の中のイメージはもう固定しちゃいますよね。映像は活字より強し、か。 |