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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003060014 |
橋爪大三郎 | はじめての構造主義 | 1988 | 日本 | 講談社現代新書 |
評者:発起人 評価:7 読了日:2003/06/22 公開日:2003/06/23
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構造主義も「線香花火」だったのだろうか?
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池田清彦 『構造主義科学論の冒険』を読んでほとんど理解できないじゃないかという不安に襲われ、読んだのがこの本。著者は社会学専攻で1948年生まれ。(1947年生まれの池田清彦と同世代=団塊の世代=全共闘世代?) 「構造主義のいちばん大切なところがわかるように、心をこめて書きました」(p3)とあるように、池田清彦の本よりはるかにとっつきやすい。特に構造主義の創始者とも言えるレヴィ=ストロースに焦点を絞って解説していく方法と、構造主義の「ルーツ」は数学にあるという主張は頭に入りやすかった。でもおそらく、著者は読者がわかりにくい構造主義に何とか興味を持って今後勉強して行けるようにするため、いろいろな重要で多様な構造主義の論点を犠牲にせざるを得なかったハズである。 それを補うように、著者はレヴィ=ストロースをメインに解説しながらも、その他の学問−言語学、人類学、数学−との関連を説明するだけではなく、フーコー、アルチュセール、ロラン・バルト、ラカン、クリステヴァ、デリダなどの業績も簡単に紹介しており、ブックガイドもついている。 さらに、この本が刊行された1988年にもすでに華やかだった「ポスト構造主義」と「構造主義」の関連、モダニズムとポスト・モダンの関連、その日本での受け取り方などについて、「結び」で自説のエッセンスを述べている。 「モダニズムが影もかたちもないのに、ポストモダンだけが溢れている。なんとも不思議な(たぶん、とっても日本的な)光景ではないだろうか。」(p231) モダニズムを自前で持てなかった日本人にとっての課題は重いんだね。この本が出てからすでに15年!日本社会はハイテクで武装した「プレ・モダニズム」とでも言うような方向に向かっているような気がするのは私だけだろうか?(集合的)無意識からにじみ出てくるような言わば先祖伝来の敗北感さえはっきり感じなくなりつつあるような今日この頃・・・何にしても勉強だね! |