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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003060013 |
池田清彦 | 構造主義科学論の冒険 | 1990 | 日本 | 講談社学術文庫 |
評者:発起人 評価:6 読了日:2003/06/21 公開日:2003/06/22
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「我々は、あらかじめわかる事しかわからない。」(p113)
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本書は、著者が提唱する「構造主義生物学と構造主義科学論に関する」「第三作目の著書」だそうである。著者は1947年生まれでもともとの専門は生物学だそうであるが、私にとってははじめて読む人である。原著は<知における冒険シリーズ>の一冊として毎日新聞社から刊行された。(なお、私が「刊行年」として掲げているのは原著の刊行年。) 著者の「あとがき」によると、「外部世界の実在性(唯物論)の仮定を排除しても、科学は立派に成立すること。これがこの本の第一のメッセージ」であり、「多元主義社会をめざそう。これが第一のメッセージに付随する第二のメッセージ」である。 率直に言って、構造主義についてもまた科学論についても、そして科学自体についてもズブの素人の私にはかなり難しかった。著者の第一のメッセージについては、ふーん、そんなものかなという程度であり、私には検証不可能である。(別に著者の責任では無いが・・・)著者が「人々が科学理論を正しいものとして信ずるようになる心的機構は、宗教を信ずるようになる心的機構と同じ」(p236)であり、「個別科学の理論家だけが、科学理論の当否を自分で判断している」(p237)とすれば、私が著者の理論を半信半疑で捉えるのも無理は無いような気もする。第二のメッセージについては、そのメッセージ自体は共感できるところはあるものの、それが第一の主要メッセージとどういう関連を持つのかについては十分展開されていないのではないかという感想を持った。 もっと、勉強します!ん?しても無駄なのか? |