感想文番号

著者 書名 刊行年 刊行国 出版社

2003060010

ミヒャエル・エンデ モモ 1973 ドイツ 岩波書店

評者:発起人    評価:7    読了日:2003/06/16    公開日:2003/06/16

「灰色の男たち」が可哀想!

 

  乙一を読んで、子供の気分になった私が本の山を崩しながら取り出したこの作品。だが、ちょっと、私には重かった!(ハードカバーだったからというだけじゃないよ!)

 おそらく、名作だという触れ込みでこの本を読まされ、感想文を書かされた子供たちも大変だっただろうと思う。映画(これは見ていないが)を見てこの本を読んでみた人にとっても同じだったのではないだろうか?いや、他人の感想を勝手に想像してここに書くのはフェアではない。

 舞台はある「大都市」の郊外。大昔に作られた円形劇場の廃墟に住み着いた、モモという名前の女の子。モモには不思議な能力があった。それは、「あいての話を聞くこと」(p22)。心に鬱屈を抱えた人たちや子供たちがモモのところを訪れ、モモに話を聞いてもらうと、不思議なことにトラブルは解決し、仕事も遊びも楽しくなる。みんながモモを好きになり、モモもこうした人たちと友達になる。

 ところが、この大都市ではそのころ大変なことが起こりつつあった。「灰色の男たち」が人々から「時間」を騙し取っていたのだ。人々はいつも何かに急きたてられるようになり、「時間」がなくなり、モモのところへ行くことができなくなる。モモは「灰色の男たち」と闘う決意をする・・・。

 この「灰色の男たち」はいったい何を象徴しているのか?作者の意図はどうあれ、答えはさまざまでありうる。たとえば、これは「死」の象徴だとも言えるし、「高度情報管理社会」や労働者を搾取する「資本主義」そのものだと言う事も可能である。いつも灰色の葉巻を加えているから、環境破壊や公害問題のメタファーであると考えることもできる。ナチズムやスターリニズムになぞらえることもできるだろう。しかし共通しているのは、「灰色の男たち」は「悪」であるということである。

 そりゃね、おれだってモモみたいに暮らしたいさ。でもね、時間が無いのは事実だからね。子供と遊べりゃそりゃ一番だよ、でもね、おれなんて時間を切り売りして生きてるようなもんだからね。かわいそうだよ、「灰色の男たち」!まるで日本のサラリーマンそのものじゃないかぁっ!と私はこの「悪」だと決め付けられた「灰色の男たち」に同情してしまいました。こんな本を、お父さんたちが知らない間に、子供たちやお母さんたちが読んで、お父さんはますます軽蔑され、軽んじられて、挙句の果ては消えていくんだよね。


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