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感想文番号 |
著者 | 書名 | 刊行年 | 刊行国 | 出版社 |
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2003060001 |
梶尾真治 |
黄泉がえり | 2000 | 日本 | 新潮文庫 |
評者:発起人 評価:8 読了日:2003/06/02 公開日:2003/06/02
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なつかしいあの人が「黄泉」がえってきた!−「癒し系」ホラーの快作
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ある日突然死者たちが「黄泉がえり」はじめた。この現象は熊本市周辺だけで起きているらしい。熊本在住の梶尾真治は市井の人々が、喜び、戸惑いながらこの事態に対応していく様子をさまざまな視点から描く。「黄泉がえり」たちは特殊な力を発揮し、人々の悩み・苦悩を取り除く。しかしこの「黄泉がえり」たちもある日をもって消えてしまうらしい、同時に巨大地震が熊本を襲う? 死は理不尽である。同時に人間にとって唯一確実なものであり、不可逆なものでもある。宗教は、いや人間の文化・技術などすべての活動はこの死にどう対処するかということを根底の動機としているといっても過言ではないほどだ。もし、死んだ人たちが(ゾンビや幽霊ではなく)そのままの姿で戻ってきてくれたら?誰もが一度でも考えたことのあるこの夢をこの小説は擬似的に読者に体験させてくれる。『2001年宇宙の旅』に出てくる謎の知的生命体そっくりの”彼”という存在がこの現象と関連があるらしいことが示されているが、この「科学的」説明らしきものはあまり問題では無い。 「黄泉がえり」たちが生きている人間たち=読者に感じさせるカタルシスこそがこの小説の肝である。 しかし・・・このような意図を持つ小説が同時に現実感を感じさせるのは一般的には非常に困難である。そこが作家の腕の見せ所ということになるわけだが、作者の梶尾真治はこの小説の舞台を熊本ローカルに限定することで、リアリティの問題を解消しようとしたともいえる。(もともとは「熊本日々新聞」という地方紙に連載されたものだから当然かもしれないが・・・)しかしこのことは熊本のことをよく知らない人にとってはリアリティの欠如を感じさせるといういわば両刃の剣である。 さらにこの小説は、ホラーのようでもあり、SFの色合いも濃厚である。音楽小説のようでもあり、ビジネス小説の要素もある。異常事態やカタストロフィーに対処する「行政」側の人たちの対応を描いたところもあり、いじめによる自殺などの教育問題や酒酔い運転による事故など社会面的な問題を背景にしているところもある。様々なジャンルの要素が適度に混ぜ合わされているから多くの人がこの小説を読めるものにしているとも、特定のジャンルのマニアには水で割ったような感じを与えるとも言える。 私自身はこのように無邪気な「癒し」に感動するようにはできていない。どちらかと言えば鳥肌を立ててしまうほうであるが、その意味では私にとっても恐怖感を与えてくれた小説である。(どこが怖かった?うーんやっぱり「三年B組」かな?作者もこの部分はパロディとして書いているようだが、私はTVで見ても怖いのにそれが突然出てくると恐怖が倍増してしまいます。) しかぁあああっしっ!このような難しいテーマに挑んだこの作者の心意気を評価して、クイーンより高い8点! |