女郎蜘蛛お断り − 発起人の日記 53 (2007年8月)
8月31日(金) 夏も終わりか
急に涼しくなった東京地方、いよいよ夏も終わり、読書の秋が近づいてきたか。
私は福岡伸一(1959-)の『生物と無生物のあいだ』(2007、講談社現代新書)を読んでいる。失くした舞城王太郎 『みんな元気。』(2004、新潮社)も今日届いていた(拾得物ではなく、アマゾンから)。
8月23日、西村寿行(にしむら・じゅこう)が死去。76歳。
8月29日(水) 歓送迎会
があり、かつ降りるべき駅を乗り過ごし、しかもそのときに読んでいた舞城王太郎 『みんな元気。』(2004、新潮社)を紛失。もったいないが、アマゾンで再び注文、ああ、何を読もうかな、本が来るまでの間。
現在午前1時20分。寝る前の読書は京極夏彦の『邪魅の雫』(2006、講談社ノベルス)を読み始めた。通勤本は何にしようかな。
8月28日(火) 皆既月食
今日は皆既月食があったが、東京地方では曇り空あるいは雨で見ることはできなかった。
昨日の夜から二晩かけてサイトのメンテナンスを行った。右肩が痛くなった。
今日は歯医者に行き、痛い思いをする。
京極夏彦 『京極噺六儀集(きょうごくばなしだいほんしゅう)』(ぴあ、2005)は読了。
しかしすでに午前1時近いので寝る。
8月26日(日) 佐藤優から舞城王太郎へ
佐藤優 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005、新潮社)は読了。引き続き舞城王太郎 『みんな元気。』(2004、新潮社)にとりかかった。その次は一時中断していた佐伯泰英 『寒雷ノ坂 居眠り磐音 江戸双紙』(双葉文庫、2002)に戻るか?それとも別の本にするか?
今日は床屋に行った。
8月25日(土) 佐藤優と田中森一
いつもの土曜日のようにゆっくり寝て、起きてからはこの屋根裏部屋に引きこもり、本を読んでいる。
今日発売のPLAYBOY誌の新聞広告に田中森一と佐藤優の写真が載っていた。対談記事なのだろう。わざわざ買って読むつもりはないが、ちょうど田中森一 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(2007、幻冬舎)を読んで、佐藤優 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005、新潮社)もあと少しまで読み進めているところなので印象に残った。
8月24日(金) 読書中
とくにここに書くようなことはひとつもない。午後8時過ぎ帰宅。この屋根裏部屋で佐藤優 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005、新潮社)を読んでいる。
8月23日(木) ヘーゲルとブコウスキー
東京地方は暑さがやわらぎ比較的過ごしやすい一日だった。
はやく佐藤優 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005、新潮社)は片付けてしまって、次の予定本、舞城王太郎 『みんな元気。』(2004、新潮社)に移りたい。他にも読みたい本が文字通り山をなし、崩壊を始めている。すでに私の居場所は座椅子が置かれた今いるこの一角だけになっている。
今日アマゾンから届いていたのはヘーゲルとブコウスキー。
8月22日(水) 暑さのピークか?
今日の東京はまたまた暑く、ついに東京電力は工場への電力供給制限の措置をとった。休止していた水力発電所も動かした。なんだやればできるじゃないか。柏崎狩羽原発は閉鎖するのが一番だね。
夕刻には落雷の影響で首都圏の交通は混乱した。私はしかし雷にも雨にもあわずただ混雑した電車に乗って帰ってきただけであるが・・・。
当サイトへのアクセスも夏休み読書感想文関連が伸びている。いつまでも夏休みは続かないのである。
8月21日(火) 猛暑の中外出
今日も暑かった。午前中は会議。私はこの間できるだけ外出を避けていたのだが、午後は外出せざるをえない用があったので暑さを実感したのである。
おまけにアルコールを摂取したためいまだに暑い。体内でこの物質が燃焼しているのだろう。
佐藤優 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005、新潮社)を読みつつ、この暑さを乗り切るのだ。
8月19日(日) 次は舞城王太郎か
今日も一日引きこもり。ほとんどこの屋根裏部屋から出ずにすごした。
田中森一 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(2007、幻冬舎)は読了、予告通り佐藤優 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005、新潮社)を読み始めた。
その次は何を読むか、久々に舞城王太郎でも読むかというわけで本の山から救い出したのが『みんな元気。』(2004、新潮社)。この本はすでに2分冊になって文庫化されているが、私の持っているのは親本。ぐずぐずしているとこのように文庫化されてしまうのである。
8月18日(土) 選挙の顔と呼ばれて(?)
今日の東京地方は比較的涼しく、最高気温も30℃を下回った。
私は一日中引きこもってアマゾンで本を注文したり、田中森一(たなか・もりかず、1943-) 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(2007、幻冬舎)を読んだりして過ごした。
この本の次に読もうと思っているのが佐藤優(さとう・まさる、1960-) 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(2005、新潮社)。これは刑事被告人つながりだ、副題に「・・・と呼ばれて」とついているのも、今気づいたが同じである。しかし佐藤優のほうが先だからね、いばるわけじゃないが。私がいばっても意味はないが。
つまり田中森一のほうを読みながら、うーん、次は何を読もうかななどと考えていて頭に浮かんだのが佐藤優だったのである。この本も本の山の中に埋もれていて捜し出すのに苦労した。
「・・・と呼ばれて」というのはいろいろ使われてきたし、使えるフレーズだ。「防衛省の腰掛女と呼ばれて」とか「農水省(内閣)の恥部と呼ばれて」とか、心あたりのある人はこれを副題にして本を書いてみてはいかがだろうか。洗いざらいぶちまけないと売れるとは思えないが・・・。
8月17日(金) 気温↑/株価↓/円↑/「白い恋人」存続の危機
こんなに暑いのに一週間勤め上げやっと休みだ。土日だけだけどね。
熱中症で亡くなる人が続出している。水分補給とミネラル補給が大切だそうである。
北海道では土産物の定番「白い恋人」の賞味期限改竄問題が発覚し、製造元の社長が辞任を表明している。
米国の「サブプライムローン」問題を端緒とした世界同時株安は止まらず今日の東京市場でも日経平均は3日連続年初来安値をつけた。他方で円高が進行し、米国FRBは公定歩合を緊急で0.5%引き上げた。
そんな中、私は田中森一 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(2007、幻冬舎)と京極夏彦 『京極噺六儀集』(2005、ぴあ)を読んでいる。
8月15日(水) 「終戦の日」
「終戦の日」の今日も非常に暑かった。通勤電車は空いているが、子供連れで休みをどこかに行こう(あるいは戻ってきた)という人たちの姿が目立つ。
この暑さでは何もできないが、読書だけはできる。
京極夏彦 『百器徒然袋−風』(2004、講談社ノベルス)は読了。
8月13日(月) 通勤読書快調
世間的にはお盆休みの真っ最中だが、私は会社に出ている。井上靖の『しろばんば』(1962〜63、新潮文庫←中央公論社)は本日朝電車の中で読了。帰りは田中森一 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(2007、幻冬舎)を読み始める。すいているので暑さは別にすると読書環境は良好である。
京極夏彦 『百器徒然袋−風』(2004、講談社ノベルス)もあと少し。
暑さに負けず、読み続けるのである。
8月12日(日) 暇つぶしとしての読書
全然何もしていない。井上靖の『しろばんば』(1962〜63、新潮文庫←中央公論社)を読み、当サイトのメンテを行い、あとは何もしていない。外にも出ず、考えることもせず、考えることがあってもまとまらない。
今日の新聞にケータイ小説が流行っているという記事が出ていたが、私としてはいくら売れているからといって読みたくない。読んでもいないのにあえて読みたくないと宣言しておく、とりあえず。
もともと小説の寿命は短いものである。私などが読んで面白いと思えるのはせいぜい夏目漱石以降である。かといって、2007年に読まれている小説が私に合っているかと言えばそうでもない。とにかく実用以外の目的で本を読むという習慣というか文化はここ数年でますます減退傾向が顕著になりつつあるように思う。別にそのことを嘆いているわけではない。読書なんてもともと暇つぶしなのである。別の暇つぶしのほうが面白いということなのだろう。
8月11日(土) さらに暑い一日
今日は昨日よりさらに暑かったらしい。日々暑熱化が進行しているのか。夏だから当たり前か。
特に記すべき価値のあること無し(いつもだが)。
8月10日(金) アマゾンでお買い物
今日は昨日より暑かったそうだ。実感としても暑い。しかし、暑い、暑いと言ってみてもいっこうに涼しくはならない。
・・・というわけでアマゾンでお買い物。1週間ぐらい前に注文した田中森一 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』(2007、幻冬舎)がやっと今日届いていたのをさっき発見。
8月9日(木) 暑すぎる!
62年前の今日、米国は長崎に原爆を投下した。
今日も東京は暑かった。35℃を超えていたそうだ。いくら名作を読んでいても、これは最悪の読書環境である。
電車ではページを繰る手も減速してくる。やがて目が虚ろになり、私の意識は伊豆天城山近くの小さな村に住む大正時代の少年の意識から離れ、ドヨンと無意識に沈み込むのである。
枕元では昭和二十八年(1953)の師走に呪の面を持って骨董商のところを訪ねる図面引きの「僕」になりきる前に、骨董商による能面などの解説を聞きながら眠ってしまうのである。
8月8日(水) 暑い!
暑い!それなのに歯医者に行っていろいろ削ってもらった。たっぷり1時間、麻酔付である。阪神は巨人に15対2で大勝、再び3位に。7年ぶりに南北朝鮮首脳会談が開かれることが公表された。自民党内からも安倍退陣を求める声が公然化しつつある。北京では五輪1年前のセレモニーが開かれた。
仕事は進まず、読書も停滞気味。現在の組み合わせは井上靖 『しろばんば』(1962〜63、新潮文庫←中央公論社)と京極夏彦 『百器徒然袋−風』(2004、講談社ノベルス)。本を読んでいないときは次は何を読もうかと考えている。井上靖の次は福岡伸一 『生物と無生物のあいだ』(2007, 講談社現代新書)や芥川受賞作諏訪哲史 『アサッテの人』(2007、講談社)あたりか?
8月7日(火) 安倍首相のために
かなり前から気になっていたことだが形容詞が短く発音されるのをよく耳にする。おやじギャグを飛ばすと、「寒ッ!」とか、最初のビールを飲んで「旨ッ!」とか、最後まで「寒い」とか「旨い」と言えと思うのであるが、若者に迎合することがコミュニケーションであると勘違いしている管理職などもこの短縮形容詞を使い始めている。(私ではない。)
言葉がどんどん短く効率的になっていくのならたった0.5音ぐらいでも節約になるし、「寒い」より「寒ッ!」のほうがメリハリがあるような気もする。小泉前首相などは「感動したっ」だの「自民党をぶっ壊す」などと短いフレーズで有権者の心をつかんだが、安倍首相は早口でいったい何が言いたいのかよくわからない。「美しい国」などは今やジョークにしか聞こえない。
社会生活でも政治でも短く、反論の余地を与えない表現が力を持ってきているのである。
安倍首相も参院選後の難局を打開するフレーズが必要である:
「じっちゃんの名にかけて!」→麻生外相も同じだしなあ。「これでいいのだ!」→何が?「レジメからなってないっ!」→任命責任はどうなる?「民主党をぶっ壊す!」→自民党が壊れかけてるのに?「これからは私をアベマリアと呼んでくださいっ!」「これから私はアベカワモチですっ!」→生まれ変わりました?
うまくできないな。結局「おまえはもう死んでいる!」(もちろん政治的にですよ)ということか。
8月6日(月) 広島から62年、滅亡までX日?
米国が広島に原爆を投下して62年。この日から人類は常に滅亡と大量死の傘に覆われている。明日には人類は滅亡しているかもしれないという現実が日常化した。この明白だが不愉快な事実から多くの人は目をそむけて生きている。
今日は死者の冥福を祈る日であるだけではなく明日の滅亡を想起すべき日である。阿鼻叫喚と地獄図を思い描くべき日である。人類が何回皆殺しにされても有り余る核兵器の標的となって暮らしているという事実を忘れさせることに励む詐欺師たちの嘘を思い起こすべき日である。核戦争で生き残れると胸を張る無責任な権力者や軍人や死の商人たちを侮蔑し、その事実から目をそむけている自分自身を唾棄すべき日である。
8月4日(土) モームから井上靖へ
サマセット・モーム 『サミング・アップ』(1938、行方昭夫訳、岩波文庫)をやっと読了。感想文は明日以降にする。
次は井上靖の『しろばんば』(1962〜63、新潮文庫←中央公論社)を読むことにする。
8月3日(金) 気分は回復
しかし仕事ではなかなか先が見えず。
阪神が単独3位に浮上、プレイオフに進む可能性が出てきた。今シーズンこのチームのことについて触れるのははじめてかもしれない。
帰りに酒を飲み、電車にすぐ座れたのはいいが、即就眠。もう少しで埼玉県に入るところだった。また引き返しで遅くなった。帰宅は11時半ごろ。
8月2日(木) 気分すぐれず
今日は酒を飲んだあと、帰りに気分が悪くなった。こんなことはここ数年間無かったように思う。時世、いや自制しなければ。
米国ミネアポリスでは高速道路の橋が崩壊、数十台の車がミシシッピ川などに落ちた。死者・負傷者が多数出ている模様。
8月1日(水) 梅雨明け/赤城農水相更迭
やっと関東地方では梅雨が明けたそうである。
自殺した松岡農水相の後を引き継いだ赤城農水相が本日辞任。事実上の更迭である。記者会見では三年分の事務所経費の領収書ファイルなるものを振りかざしながら結局見せずじまい。もっと最後まで抵抗して面白くして欲しかったが、この大臣の場合は何もしゃべらないでもTV画面に映るだけで嫌悪感を感じるのはなぜだろう?そういう意味では特異なキャラである。再起を期待したい。