わらうやつら − 発起人の日記 46 (2007年1月)

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1月31日(水) あっという間に一月経過

 1月も終わりだ。「女は子どもを産む機械」発言で柳沢厚生労働大臣への辞任要求が高まっている。いつまでもつか。

 読書は牧原憲夫 『民権と憲法 シリーズ日本近現代史A』(2006、岩波新書)。教養路線復活か?


1月27日(土) 怠惰な土曜日

 昨日は中央線の事故の影響で帰宅は深夜を過ぎ、本日は夕方まで起きられなかった。というわけで特にここに記すことも無い。


1月25日(木) 飲み会続く

 23、24は連続で飲み会だった。読書もほとんど進んでいない。明日もまた勉強会の名目で飲み会である。


1月22日(月) 面白くなければ政治家になれない?

 宮崎県知事に(元?)タレントのそのまんま東が当選した。前の知事は談合や汚職で逮捕されている。かつて大阪府民が横山ノックを知事に選んだことがあったが、同じような結果にならないことをおせっかいだが望む。

 既成政党への不信などと分析されて、自民党などは参院選に向けて危機感を強めているらしいが、小泉首相の5年間はまさにスーパー・タレントの首相人気に頼っていたわけである。安倍首相の人気が今ひとつなのも、政治タレントとしての安倍首相の魅力がイマイチだからである。すでに日本の有権者は面白くない政治家に票を入れるために外出などしなくなっているのだ。

 さて読書はジェフリー・ディーヴァー『エンプティー・チェア』(2000、文春文庫)を読了し、ドナルド・E・ウェストレイク『逃げだした秘宝』(1983、ミステリアス・プレス文庫)に突入だ。


1月20日(土) 事実と小説の間

 兄が妹を切断し、妻は夫を切断するという事件が相次いで発覚し世間を騒がせている。ミステリーとして見ると別にたいしたトリックは無いようだ。

 世間的には成功しているように見えた家族・夫婦の「心の闇」は?的な捕らえ方で桐野夏生などが書きそうな事件である。

 「事実は小説よりも奇なり」なのか、はたまた「小説は事実に先行する」のか?私にとってはどちらも活字を通じてしか知ることができないのでその意味では等価である。よくできた小説と「稚拙な」事件では事件の当事者にならないかぎり、小説のほうが事実より重みを持つ場合がある。そのようにして事実とフィクションは曖昧になっていくのだろうか?


1月19日(金) やっと休みだ

 今週は休みも無く5日間フル操業だったので疲れた。おもしろいニュースも無いので通勤時間と寝る前の読書に集中した。


1月18日(木) 子どもの頃の怒り

 胃を石のようにする怒りの記憶を思い出した。眠い。


1月17日(水) 久しぶりの雨

 雨が降っている。夕刻から降り出した。東京では久しぶりの雨だ。

 特別書くことも無いので早く寝る。


1月16日(火) ペコちゃんはどこへ行く?

 不二家の不祥事、そうとうひどい状況が明らかになってきている。家庭の主婦がちょっと匂いをかいで大丈夫賞味期限は切れてるけどなどという問題じゃないんだぞ!コスト削減になれば何をしてもいいという内向き・上向きの従業員たち、そういう連中を育ててきた経営者。ペコちゃんがかわいそうじゃないかっ!

 さて、芥川賞は青山七重(23)の「ひとり日和」(文芸秋号)が受賞、直木賞は該当者無しだった。


1月15日(月) 久しぶり

 なんだかんだで日記を記すのは久しぶりだ。

 いろいろあったとも言えるし何も変わらなかったとも言える。

 読書は通勤本がジェフリー・ディーヴァー『エンプティー・チェア』(2000、文春文庫)、睡眠本は京極夏彦『百器徒然袋 −雨』(1999、講談社文庫)という組み合わせ。


1月9日(火) 防衛省発足

 通勤電車の込み具合から判断して今日から東京地方はフル稼働状態に戻ったようである。別に戻らなくてもいいのであるが・・・。

 今日から防衛庁が防衛省に格上げとなった。別にならなくてもいいのであるが・・・。


1月8日(月) 成人の日

 今日は成人の日。しかし「成人」になると合法的に酒が飲めるとかそんなことしか考えていないようでは困る!と誰に向かって言っているのか?

 一日中松本清張『わるいやつら』(1961、新潮文庫)を読みながら、「未読山脈」の更新を続ける。


1月7日(日) 厳寒日本列島

 日本列島は北海道にある低気圧のため、猛烈な強風に襲われている。東京地方は雪は降っていないが、北日本では豪雪だそうである。交通機関も乱れているらしい。ニューヨークでは最高気温が20℃を超える暖冬らしいが・・・。

 私は三連休の二日目で、定例の本屋行き。毎年この季節には芥川賞・直木賞の予想をやっていたが、ばかばかしくなってきたので今回はやらないことにする。七草粥を食べた。お餅まで入っていたので力七草粥か。


1月5日(金) 同窓会/初詣/憲法改悪/読書

 本日は全員がそろったという意味では18年目の同窓会。米国某大学院の日本人メンバー8人が東京駅地下の居酒屋に集合した。18年も経てばいろいろなことがある。私もそうだったし、集まったほかの7人もそうだった。人生いろいろである。次回の幹事を引き受けた。

 先日は仕事初め。信仰の自由などなく、強制的に近所の神社でお払い(?)である。ああ気持ち悪い。いい加減、この集団行動主義はやめたらどうか。こんなことを続けている限り北朝鮮を笑ったりする資格はないのである。

 安倍首相は憲法改正を自分の内閣の間にやりたいと述べた。改正とか改悪とかいう言葉は価値判断が入っているが、私の価値判断としては、首相の目指している「改正」は「改悪」に他ならない。現憲法がパーフェクトであるはずはないが、その憲法さえ完全には実行されていないではないか。これは堪忍袋の緒が切れるというやつで、日ごろおとなしい私もそのようなことを許しておくわけにはいかないのである。こんな試みを阻止するために私としてできることをやっていきたい。これは子孫/未来に対する責任である。

 さて読書は1月11日スタート木曜夜9時テレビ朝日系ドラマの原作、槇村君子 『エラいところに嫁いでしまった!』(新潮社、2006)を読み飛ばし、松本清張『わるいやつら』(1961、新潮文庫)に取り掛かる。こちらもドラマの原作である。


1月3日(水) 正月休みも終わり

 5日間とは言え、会社に行かずにすんだのはプラスだった。かと言って何か新しいことを始めているわけでもない。まあできることをできるだけやっていきます。


1月2日(火) 「格差社会」と大貧民

 昨年のキーワードのひとつは「格差社会」であった。お正月でトランプの「大貧民」などをやっていると、この「格差社会」は「革命」によってしか是正されないのだなと考えてしまうのである。現実社会とトランプのゲームを一緒にしてはいけないが、「格差社会」を嘆いたり憂いたりしているだけでは何もならないということは明らかである。

 あらゆる面で行き詰まりの兆候が顕わになってきているような気がする日本、そして世界。でもなるようにしかならないのである。ではどのようになるのか?はて??


1月1日(月) 謹賀新年

 あけましておめでとうございます。

 本年もしつこく続けていきますので、ご愛顧をお願い申し上げます。

 読書中は京極夏彦 『巷説百物語』(1999、角川文庫)と井上勝生 『幕末・維新 シリーズ日本近現代史@』(2006、岩波新書)の二本立て。今年は歴史の本を少し力を入れて読むかな。


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