悔悟入門 − 発起人の日記 17 (2004年8月)

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8月31日(火) 小旅行のため

このサイトの更新も休みました。短期間とは言え、毎日のルーティーンから離れるのは楽しいものです。

 さて、オリンピックも終わり、明日から9月!暦の上では今日が夏最後。さあ、いよいよ、読書の秋か?とは言っても、今日の関東地方は台風一過で暑かった!まだまだ夏の気分は続きそうだ。


8月28日(金) 夏休みの宿題

 昔は、夏休みの宿題で「自由研究」とか「読書感想文」とかいうものがあって(今もあるか)、苦労したのを覚えている。読書感想文のサイトを頼まれたわけでも無いのに勝手に作って公開している私が言うのもなんだが、小学生のころはこういう類の宿題が一番嫌いだった。

 ドリルとか計算問題とかそういうのは、まあやれば終わりであるが、「自由」研究という名の宿題とか「感想文」というやつは自主性を尊重してやってます、夏休みにしかできないことをやろうっ!というような学校側の意図が透けて見えて、それが逆に嫌だったのである。百科事典(昔はこういうものがあったのである!)を調べたり、図書館へ行ったりして、結局は丸写しするだけである。

 それに、私は、(今でもそうだが)字が下手である。字を書いただけで人柄がわかるなどというようなことも今より言われていた時代、そしてワープロソフトも無かった時代、字を書くのはつらい。

 しかし、今の小学生・中学生はインターネット、パソコンという強い味方がある。検索エンジンもある。それを適当に組み合わせればなんとなくカタチになってしまうだろう。それがいいことなのか、悪いことなのかはすぐには判断できないが、そうなりつつあることは事実である。

 嫌いなことはしない、好きなことをするという考えに立てばそれでいいのである。楽ばっかりしてると、基本が身につかないよという考えもわかる。しかし、宿題のある夏休みなんてのは、そもそも夏休みになって無いという考え方もできる。

 ちなみに、日本の企業社会ではどうか?企業経営自体に丸写し的(=他人のまね)発想がかなり幅を利かせているし、夏休みの間も競争者たちは休んでいないかもしれないぞという考えが経営者から末端の社員にまで浸透し、最近はまた強化されているから、ゆっくり休めないのである。

 夏休みに読む本とかいっても「夏休みにしか読めない」類の分厚い経営書とか、(役に立つのかどうか知らないが)歴史小説とかが推奨される。

 いや、今どき本なんて非効率なもので知識吸収なんてことを考えていては駄目なのかもしれない。企業社会での「プレゼン」は短いことが第一条件である。それにわかりやすく、字(言葉)が少ないこと。企業の意思決定を行う人たちもそういう環境に慣れているから、「論文」の類は読まないのが普通である。「名作のあらすじ」本が出るのも当然なのである。


8月26日(木) アガサ・クリスティの『アクロイド殺人事件』 - 私の読書歴(2)

 第一弾(8月20日)に続き、私の読書ルーツに迫るこのシリーズ、今回は、ミステリの女王、アガサ・クリスティ(1890-1976)の『アクロイド殺人事件』(1926)である。これもおそらく1968年頃に最初に読んだ。

 私の個人史の中では第一次の推理小説集中時代の開始である。もちろん、これ以前に江戸川乱歩やモーリス・ルブランなどの子供向け、あるいは子供向けにリライトされたものなどは読んだことがあったが、本格的に「ハマった」のはこのとんでもない作品を読んでしまったからである。

 まだ幸福にしてこの作品を読んだことの無い人のために、詳しくは書かないが、私が幼い頃に思ったのは、こういうことであろうか?

「小説って、何でもアリなんだな!」

 この頃は、まだ

「人生って、何でもアリなんだな!」とまでは思っていなかった・・・と思う。

 小説とは何と自由なものなんだろうと思ったのか?それに比べて自分は何と、子供であり無力であるということも含めて、いろいろな制限に縛られているのだろうと思ったか?イギリス人になりたいな、でもそれは不可能だと思ったか?そんなことを感じたように思う。

 私が不幸だったのは、最初にこの作品を読んだことである。もう少し他のミステリーを読んでから、読めばよかった。いろいろな意味でこの作品より面白い推理小説はたくさん読んできたと思う。しかし、この作品の持つ衝撃度はあまりにも大きかった。

 そして、もうひとつ。私はこれを読んで以来妙に疑り深くなった。最後の一行、最後の一文字まで集中して読まなければ気がすまなくなった。斜め読みとか飛ばし読みができなくなった。

 考えて見ると、まだ36年前にはこのミステリの女王様はご存命であったのだ。


8月25日(水) いつの間にか

オリンピックも終わりに近づいてきて、東京では秋の気配も漂ってきました。いよいよ、「読書の秋」ということになりますが、まあ私のようにあまり季節に関係無く本を読んでいる者にとっては実感の湧かない言葉ではあります。

 しかし『ハリポタ5』は9月1日に翻訳版が出るというし、映画『ハリポタ3』は公開中だと言うのに、私はまだ『ハリポタ2』を読んだばかり。これはちょっと気合を入れて追いついていかなきゃなと思いつつ、山口雅也などを読んでいます。

 今晩、テレビの『クイズ・ヘキサゴン』という番組を見ていると、何と綾辻行人が出演している!小説のほうは大丈夫なのか?


8月23日(月) いやあ、女子マラソン最後まで見てしまいました

 見事!野口選手、金メダルで、私は推定3千万人の方々と同じく寝不足です。銀メダルだった室伏選手まではさすがお付き合いできませんでしたが・・・。さて、今夜は?女子レスリングに男子体操個人?うーっ。本が読めない!と暑さやJRのせいにできないとオリンピックのせいにしてしまう私でした。


8月22日(日) 金メダルの輝きに隠れてしまった事件

 いやあ、連日の金メダルラッシュ!おめでたいことです。今日も室伏の出る男子ハンマー投げもあるし、女子マラソンもあるしで結果が気になります・・・というようなことはNHKにでもまかせておけばいいことであって、私としては、金メダルの輝きのため陰が薄くなってしまった事件などを記しておきたい。

 まずは、沖縄普天間基地所属の米軍ヘリコプターが沖縄国際大学に墜落、まわりは住宅地で、赤ちゃんがお昼ねをしていた家に破片が飛び散った、一歩間違えれば大惨事だったという事故。米軍は日本側の現場検証を拒否、抗議を無視して本日事故を起こしたのと同型のヘリコプター飛行を再開した。ん?これはオリンピックが無くても米軍は同じ対応をしたか?そうであればこれはもっと大々的に日本のメディアは取り上げてもらいたい。小泉首相がブッシュ大統領に談判する気配はまったくなさそうである。

 つぎは、プロ野球。ついに巨人戦の視聴率は5%と過去最低を記録したというが、パ・リーグの球団合併問題、1リーグ制構想、渡辺巨人軍オーナーの辞任、選手会はスト権確立、IT関連企業ライブドアの新球団構想等々、来年のプロ野球はどうなっているのか想像もつかない状態。プロ野球ファンもオリンピックに浮かれている間に、取り返しのつかない状況になってしまわないように監視していかないとね。そうで無いと、わがタイガースのように、ここぞとばかりに負け続けるという状態にプロ野球全体がなってしまいかねない気がする。

 夏の高校野球は、今日、春・夏含め史上はじめて北海道の代表が制した(駒大苫小牧)。これもオリンピックと重なっていなかったら、もっと大きく注目されていたと思う。

 NHK放映の「新選組」ではついに、山南敬介が切腹!「あの笑顔にもう会えない!」これもオリンピックが無かったらもっと注目されていたであろう。

 さて、オリンピックとはおそらく何の関係も無いが、当ウェブサイトでは、感想文への週間アクセス数(8月22日付け)が過去最高記録を更新した模様。1月11日以来32週ぶりの快挙である!上位にランキングされたのは、やはり夏休み定番もの。私、発起人の感想文で良かったら無断転用して学校の宿題等を減らすために「自己責任において」お役立てください。成績が悪かったり、怒られたりしても、当方ではいっさいの責任を負いかねますが・・・。


8月21日(土) 医者・僧侶・教師

というのは横溝正史の地方を舞台にした小説などに出てくる登場人物の職業の定番である。

 この定番三職のほかに、村長や名家の一族も当然絡んでくるがこちらの人たちは本はあまり読まないという、イメージがある。

 医者・僧侶(あるいは神官?)・教師は日本の5〜60年ぐらい前の地方における知識人だった。本が好きなのはこの連中であった。

 しかし、今はどうなのだろう?こういう職業の人たちがあまり本を読まなくなったのではないだろうか?

 もちろん都会に多く生息する大学生などの読書量が激減している様子なのは何度も指摘されてきたとおりなのであるが、地方の名士でありかつてはその知のために頼られた人たちはどうなっているのか。

 別に読書離れを嘆いていても意味はないが、もし私の推測の通りなら、ちょっと淋しい気がする。


8月20日(金) ラフカディオ・ハーンの『怪談』 - 私の読書歴(1)

 この日記も平凡なサラリーマンである私にそうそう変わった事件が頻発するわけは無いから、せっかくここにたどり着いてくれた人も、中身を見てつまらん!とすぐに別のサイトに飛んで行くのが目に見えるようである。

 仕事のことを書くためのサイトでも無いから、自然とあまり自分と直接関係の無い人や事件や「社会」の悪口を書くということになってしまい後味が悪いのである。(ほんとは気持ちがいいのであるが)

 かと言って半ばフィクションのような日記を書くためには才能が必要であり、私にそのようなものが欠けていることは十二分に自覚しているつもりである。

 というわけで、今日のようにネタに困ったときは、読書関連サイトでは定番の「読書歴」というやつでもどうかと思ったのである。

 はじめて自分のお小遣いで買った本、これはラフカディオ・ハーンの『怪談』(1904)だったと思う。たしか角川文庫版で、そのときのカバーは地獄の有様を描いた昔の有名な絵巻物?から取られたものだったと記憶している。

 まだその当時の日本(おそらく1968年)には『怪談』の世界と地続きの場所がにぎやかな都会のビルの裏手にも、家の暗がりにも口を開けて繊細で臆病な少年を引き込もうと待ち構えていたかもしれない。そういう世界に引き込まれてしまわなかったのが幸運なのか不幸なことだったかはにわかには判断できないが・・・

 ・・・・この日記をご覧になっている皆さん、信じる、信じないはあなたの自由ですが、ここだけの話、ぼくはもう36年間も成仏できずに彷徨っているのです。はじめて本屋さんで本を買って、興奮して家まで走って帰る途中、踏み切りが下がってくるのを目の端に捕らえていたのですが、思わず飛び込んでしまったんです。でも電車のほうがぼくの足より速かった。『怪談』は血に染まり、ぼくの肉体はばらばらになってしまいました。早く家に帰って『怪談』を読みたかったんだよ。

 他にも、もっともっと読みたい本があったのに、ぼくの現実世界での存在はもう本を読むことができません。かといってそのまますんなりとこの世界から消えていくことも無念すぎる。

 そこで、今このサイトを作っている男の身体を借りて、皆さんに無念の想いを伝えようとしているわけです。文体がおやじ調なのは許してください。ぼくが36年間も取り付いてきたこの男がおやじなだけで、ぼくはまだあのときの純情な少年のままなんです、自分で言うのは変ですが・・・。

 さて、それではこの男が目覚める前に、ぼくはいったん電子のネットワークの中に身を潜めることにします。

 またお会いしましょう・・・・

 えーっ?これシリーズ化するのかぁ?


8月19日(木) 本を読ませてくれない、マイク離さないタイプの車掌さんたち

 新田次郎の『アラスカ物語』(1974)という本を読み始めた。題名が涼しそうなのに惹かれたのだが、今のところはそんなに涼しくはなっていない。

 やっぱり主に通勤電車の中で読んだりしているのがよくないのか?

 今朝は久しぶりに中央線が人身事故のため止まっていた余波を受けて、私もかなり長い間電車の中にいたのだが、のべつ幕なしにしゃべり続ける車掌さんだったもので、電車が混んでいたこともあり、本には集中できなかった。

 どうも私の経験では、車掌にも主に二つのタイプがあるようで、とにかくカラオケマイクを持って離さないような、始終何かを話しているタイプ(ボリューム最大)と、この電車には車掌はいるのかと疑わせるようなボソボソ(ダンマリ)タイプ。

 そして、帰りの電車などで運良く座れたりして居眠りをしてしまって、ハッと目覚め、うー、ここはどこだ?と思ってあたりを見回しているような時に限って後者のダンマリタイプなのである。(まさか私と同じく居眠りしてたんじゃないだろうな?)

 ところが、今朝のように、駅に着いたときから、事故のお知らせを駅の放送やハンドマイクで繰り返しているような時には、マイク離さない型の車掌に遭遇してしまうのである。もちろん乗客に情報提供をしようというのはわかるが、まさに缶詰状態の電車で、さっきからひとつも駅が進んでいない、つまり乗客の入れ替えが無い状況で同じ情報を繰り返し大音響で伝えることにどんな意味があるのだろうか?

 以下は私の記憶に基づく再現である:

「いつも中央線をご利用いただきありがとうございます。」(好きで乗ってんじゃねえや!)

「本日午前7時40分ごろ、XXX駅で人身事故が発生いたしました。」(それはわかってるよっ!)

「しばらくの間運転を見合わせておりましたが、、安全確認が終了し、午前8時20分ごろ運転を再開いたしました。(ここまで2回ぐらい繰り返す人もいます。)そのため中央線全線にわたって大幅な遅れが出ております。現在この電車は約42分ほど遅れて○○駅を通過しております。お急ぎのところお客様には大変ご迷惑をおかけしております。」

「この先△駅におきまして、ドアにお客様の荷物が挟まったとの連絡が入っております。そのため安全点検をすませまして、間もなく△駅を発車する予定となっております。お急ぎのところお客様には大変ご迷惑をおかけしております。あー、また△駅と当列車との間に数台の車両が止まっております。本日午前7時40分頃・・・・」

「(ガタンっ)ただいま停止信号が発せられました。安全確認ののち・・・本日午前7時40分頃・・・」

「お客様にお願いいたします。電車から外に出ないようお願いいたします」(誰か出ようとしてるやつがいるのかよ〜?どうやって出るんだよ?)

「なお、JR線、地下鉄線全線に渡って振り替え輸送を実施しております。」(まだ駅について無いって!)

「ただいま、JR東日本では警察のご指導もいただきまして、テロ特別警戒態勢をとっております。網棚などに不審な荷物等ございましたら、お手数ですが近くの係員にお知らせくださるようお願いいたします。次は◎△、次は◎△〜。」(走ってる電車の中にいる係員って誰だよ?)

 さすがに最後のやつは今朝は無かったか?

 事故も無く、停止信号も無く、順調に走っている場合、つまり通勤読者にとって最高の状況の場合、最近は次のようなアナウンスが朗々と私の耳と腹に響くのである:

「JR東日本からのお知らせです。優先席の周りでは携帯電話のスイッチはお切りください。医療機器などに影響を及ぼす可能性があります。その他の場所でもマナーモードにして通話はご遠慮ください。思わぬトラブルの原因にもなります。JR東日本からのお願いです。」

 うー、おまえが一番うるさいっ!(怒)

 マイクのスイッチを切れっ!


8月17日(火) オリンピックで日本中は沸いているようだが

米国のCNNサイトなどを見るとそうでも無いようである。今ちょっと見てみると、CNNのトップニュースは、フロリダを襲い死者19名を出したハリケーン・チャーリー。今後は食糧問題、暑さが大変だとか・・・。オリンピックも一応特集記事があるが、そのトップは「男子体操団体で米国が1984年以来初のメダル!」(銅メダル?あとで見ると銀メダルでした!)

 英国BBCのニュースサイトのトップも、「Cornwallの水害救援」のニュース!オリンピックよりやっぱりお天気か。オリンピック特集でのトップは「ギリシアのKenteris選手が禁止物を摂取していないと抗議!」とよくわからない記事である。

 朝日新聞電子版では?「沖縄県議会が抗議決議、米軍ヘリ墜落」がトップで、オリンピック関係では「愛ちゃん金星、世界ランク12位を破る」(これはトップページに写真付)。

 読売は?「巨人・工藤が200勝・・・史上23人目」がトップでオリンピックでは「杉山が3回戦進出」とこれはテニスか。特集では「男子200m平泳ぎ、北島と今村が準決勝に進出」。

 毎日?あー、これもトップは工藤の200勝、オリンピック特集では女子サッカーが練習したというニュース。(このサイト、MSNと提携してから、なんだかコンテンツまで緩んできたように思うのは私だけだろうか?)

 産経も巨人・工藤の200勝、オリンピックはソフトボールで日本がカナダに敗れて3敗目というニュース。

 もちろん、これはみんなウェブで見たのでほんとうのインパクトはわからないし、内容はいつも変わっていくのであるが、世界にはオリンピック以外にもいろいろな問題や話題があるのであり、日本でもそうなのである。

 日本のテレビ局はそれなのに「運命の一戦」とか「もう負けられない」とか大げさな言葉使いすぎ!選手たちに不必要なプレッシャーを与えるだけなんじゃないか?(それに打ち克ってこそほんとうの勝者だとも言えるのだろうが・・・。)

 それに「解説者」が解説をしないで、観客のひとりと化して、応援している場合が多いのもどうか。


8月16日(月) このサイトでは現在

184作品の感想文を掲載しているが、週間のアクセスTop10の統計を取り始めてから、今まで1位の座を占めたのは22作品である。詳細はこちらのサマリーをご参照いただくとして、なかなかどんなことでも1位になるのは難しいのである。ましてやオリンピックで金メダルを取るなんていうのはほんとうに偉大なことである。このサイトとは何の関係も無いことではあるが・・・。


8月15日(日) 第二次世界大戦終結59周年

の今日、東京ではついに連続真夏日記録が途絶えた。昨日までで40日連続だった。あたかも暑熱のジャングルで死んだ兵士たちを慰霊するかのように・・・などと言いたがる人は少なくないとは思うのだが、天候と戦争を結びつけて考えるのは明らかに変である。

 さて、当サイトの本日付アクセスTop10では、突然、東野圭吾『変身』(1991)が首位に躍り出た。これは?何故だ?感想文を公開したのは昨年12月18日。それまで一度もTop10に顔を出したことが無かったのに・・・。まさかこの作家の身に何か起きたのか?カフカと間違えてアクセスが集中したのか?

 真相は、こうであった:8月10日、この作品の映画化発表が行われた。佐野智樹監督(誰?)がメガホンを取り、主演は玉木宏。来年初夏公開予定だという。そしてこれが報道され、ん?何これ?Yahoo!やMSNで調べてみようという人たちがこのサイトの感想文にアクセスし、夏休み定番の『老人と海』などをかわして見事首位を獲得したということになる。(Google様には残念ながら取っていただいておりません。)

 恐るべし、映像化(プラス検索エンジン)の力!

 その他、本日、ビデオで『戦場のピアニスト』を鑑賞。原作も読んでみようかな?恒例の本屋行き。ん?感想文?今ちょっと分厚い本読んでるのでもうしばらくお待ちください。


8月14日(土) オリンピック開幕

 無事開幕、めでたいことである。

 しかし、オリンピック開幕中なのに、停戦が実現しなかったのは情けないことである。

 オリンピックは本来国威発揚の場では無く、個々の選手・チームが競技を行い、観客は勝者がどこの国籍であれ惜しみなく拍手と賞賛を送る・・・はずのものである。

 しかし、こうした理想はますます現実から遠くにあるように見える。

 さらに、ショウ・ビジネス化の進行というかアメリカ化というかはかなり恥ずかしいレベルにまで達している。テレビでオリンピックのコーナーになると、ヘンテコなテーマソングが流れ出す。世界全体ではあらゆる業界の企業が公式オリンピック・スポンサーであるという地位を買い、自分たちの広告宣伝に役立てる。日本では、「○X株式会社は、日本選手団を応援します」という地位をこれも買う。企業だからこれは投資である。

 しかしこうした企業スポンサーからの投資が無いとテレビでオリンピックを見られないということになりかねないのも事実である。つまり、投資への見返りが無いと判断されれば、企業からお金は出ない→選手の「育成」ができない→弱くなる→人気も落ちる→さらに企業からお金は出ないということになってしまう。

 そこで企業の担当者は考えるのである。たとえば、弱くてもスターがいればいいじゃないか。可愛いとか、おもしろいとか、ドラマがあるとかいう選手は珍重される。まあそうした選手が金メダルまで行けばさらにいいが、弱くてもいい場合がある。弱さを売りにすればいいじゃないか。ハルウララの例もある等々・・・。

 まあ、このような議論がスーツを着た人たちの間で気が遠くなるほど繰り返され、何万種類もの企画書が作られ、その何十倍もの計算が行われ、何千回ものプレゼンや、料亭やレストラン等での接待が行われ贈り物(現金なども含む)が送られ、裏切りと同盟が繰り返され、ライバルとの熾烈な戦いを勝ち抜き、その集大成としてあるのがオリンピックなのである。

 だから、私たちも襟を正して見る必要がある。

 もちろんそのようなドロドロしたビジネスの戦いを感じさせないところが勝者たちの余裕である。

 オリンピックは、選手のものであるが、こうして勝利したビジネスマンたちの祭典なのでもあるということも忘れてはならない。


8月13日(金) あっ、今日は13日の金曜日!

あの懐かしきジェイソンが暴れまわる日ではないか。ひところ私もホラー系、いや、そのものずばりのホラー映画に凝っていた時期があった。

「13日の金曜日」シリーズなど、ほんとうのホラー映画に比べるとホラー映画のパロディのように感じられたものだった。

 なぜ人は怖いものを見たいのか?そのものずばり怖いもの見たさである、といってもこれでは同義反復だ。

 ♪ダンダンダンダンダンと音楽が高まり、外では稲妻が光り、聞きなれない物音が・・・。まさか、ジェイソン?あの悪魔は去年死んだのよ。メアリーが(別にスージーでもベティーでも構わないが)ドアを開ける、キィーンという金属音、ハッと息を呑むメアリー!

「まあ、キティー、びっくりさせないでよ!もうおなかが空いちゃったの?」可愛い猫が「ミャオウ!」と鳴いてメアリーの胸に飛び込む。

 というような誘い球が3球に2球ぐらいはあるのである。ボールを空振りさせればもう獣、じゃなくて儲けものという感じである。打者はいつストライクが来るかと緊張して構えている。そうしたところに可愛い子猫が来ると打者は力が抜ける。

 キティーちゃんにミルクを飲ませようと、スージー、いやメアリーは冷蔵庫に向かう。「もうしようのない子ね、またおデブさんになっちゃうわよ」などとキティーに話しかけながら、冷蔵庫のドアを開けると、その中には・・・?

「ギャーっ!ヘルプ、ヘルプ、誰か〜っ!」と甲高い声を上げるベティ、いやメアリーを容赦無くバターナイフ、いや斧か銛か電気鋸で襲い掛かるジェイソン!(アメリカの冷蔵庫は大きいので、ジェイソンの二人や三人は楽に隠れられるのである。)

 殺されたサラ、いやメアリーの首は冷蔵庫の中に入れられて、次にたとえばアマンダが開けるまでは恐怖の表情を凍りつかせたままで残されるのである。

 ゆるいボール球のあと、クイックモーションでいきなり内角高めを攻められるようなもので、打者は手も足も出ず、「ぎゃ〜っ!」と叫んで卒倒するのである。このキレが大切なのである。

 つまり、打者と投手の読みあいのように、ホラー映画の製作者は打者の裏をかく。しかし、ホラー映画の場合でも裏をかくそのパターンを読まれてしまえば、打者はボールには手を出さず、これはどうだという勝負球も軽々とバックスクリーンに打ち返して、大笑いをしてしまうのである。

「ほら、次は二階から降りてきたボブが冷蔵庫に向かうように見せて、実はドアを開けて外の湖に泳ぎに行くんだよ、きっと。」(ちなみにこのときには稲妻は光っていない。)などとずばり見送られるのである。

  「13日の金曜日」シリーズぐらいになると、もうこれは製作者と観客の馴れ合いの上に成立しているようなもので、そういう意味ではホラー映画界の草野球である。楽しく家族で見られるホラー映画ということになってしまうのである。

 さて、それではほんとうに怖いホラー映画とはどういうものか?

 見た人が恐怖のためにショック死してしまうので、それがどんな映画だったか伝わっていない映画である。(これじゃあ『リング』のパクリか?)

 アテネ・オリンピックの開会式は現地時間で13日の金曜日、午後9時である。大会の無事を祈る!


8月12日(木) 東京ではついに

最高気温が30℃を超える真夏日が今日で38日連続となり、1995年の記録を超えたという。そのせいか、駅に着いて歩く人の数も心なしか、いや確実に減っている。人々もようやく東京を見捨て始めたのかと思いきや、これは恒例のお盆の帰省のためなのである・・・。(ベタな入り方ですいません。)

 しかし、お盆もオリンピックも関係無く、世の中には一生懸命働いている人たちがいるのである。私はと言えば、お盆にもオリンピックにも関係無く、適度に働いているのであるが、それとは別に進めてきた例のプロジェクトX(えー、バツと読んでくださいね、NHKさん!)はほんとうに×になりそうな気配が漂ってきているのでそちらのほうは暇である。いや暇というか、最近は商法などを俄か勉強してなんとか潰れないように考えているのであるが・・・まあ、この件はそのうち機会と条件ができれば、書くこともあるだろう。

 夏休みに入ると、このサイトのアクセスは減るのではないかと心配していたのだが、じりじりとではあるがアクセス数は上昇傾向である。昨日(8月11日)には、新規にこのサイトを訪れた人(というかコンピュータであるが)が久々に200人(台)を突破した。200人(台)を超えたのは2月14日(土)以来、なんと179日ぶりである!まさか、またハリガネムシではあるまいが・・・。


8月11日(水) 東京ではついに

最高気温が30℃を超える真夏日が今日で37日連続となり、1995年の記録に並んだという。そのせいか、駅に着いて歩く人の速度も心なしかゆっくりとしている。下を見てゆっくり歩いている人が多い。人々もようやく「スローライフ」とかいうやつに目覚めたのかな、この暑さだからかななどと思いきや、ゆっくり歩いている人は電車を出るとすぐに携帯でメールやゲームをしているのである!そういう連中(推定20%)が人の流れの速度を遅くしている。

 携帯は家か人のいない所でやれっ!なんて言うと、携帯の意味無いしぃ。ということになるので思っていても言わないが(書いているのだが)。

 満足に携帯も使いこなせないオヤジの愚痴かもしれないが、そのうち体内にICタグを埋め込まれるようなことにならないように気をつけろよ。豚の世界ではすでにそういうことになり始めているらしい。これで豚の管理は、飼育歴・投薬歴など個体別に完璧になるという。

 この技術が、豚(家畜)→ペット(犬・猫など)→アルツハイマー症患者→老人一般や子供、えーいめんどくさいから、赤ちゃんが生まれたら最初からICタグをくっつけちゃおうというようなできの悪いSFのように拡大していくことを今止めるものが無いように思われるのが恐ろしいのである。

 3,4年前にすでに、日本最大の携帯電話会社の先代社長が、ペット用、野生動物用、産業用、防犯用、俳諧、いや徘徊老人用とまだまだ携帯の需要はあるんですと冗談じゃなくプレゼンしてたのを見たことがある。

 次の機種交換ではほらウェアラブルで時計型、耳にちょっと嵌め込むピアス型、その次には手術3分で住む大脳埋め込み型、これなら寝ている間に英会話も勉強できるし、好きな夢を何度もご覧になることができます等々・・・。

 こういう商品や技術を開発している人たちは、もうちょっと自分の身に引き寄せてまじめに考えてもらいたいと思う。


8月9日(月) 世間では

夏休みモード全開だし。アテネ五輪も近づいてるし。おまけに史上最大級の暑さだし。ってこの「し」止めと名づければいいのかこういう言い方が最近耳につくし。でも私はこれを聞くと本も読めなくなるし。

 今朝も電車の中で中学生か高校生かの男の子3人組がこの「し」止めを使って私の回りで大声で話してるし。おいっ、おまえらうるさいし・・・という勇気も無いし・・・。仕方が無いから本を読むのをあきらめて、この「し」止めはどこから来たのか考えてみたし。でも結論はでるわけ無いし。

 しかしどうも語源的には関西が怪しい気がするし。NHKの「新選組」などで使われる京言葉(もどき)で、「新選組やったらやっぱり沖田はんが男前やいうたはるし・・・」とか言ってる気がするし。しかし、それはあくまでも「し・・・(省略)」であって「し。」ではないし。

 たしかに「っス」も気になるが、「っス」は断定的でさっぱりしてるし。「し。」で止められると、おいその後おまえはいったい何がいいたいんだよと、言いたいことがあったらはっきり結論を言えよ、と思うし。

 あー、だんだん頭がし止めでいっぱいになってくるし。

 こんなあいまいな語法をどんどんどんどん生み出していくのが日本語の特徴だし。それは結局日本人の処世術=言葉の使い方=思考方法の特徴だし。と考えるのは西洋思想にかぶれてるし。普通の人はそんな「し。」なんか気にしないで使ってるし。流行らなくなったら使わなくなるし。

 今日は長崎原爆投下記念日だし。もちろん広島もあるし。核兵器はいつまでたっても無くならないし。これだけは忘れてはならないし。でもやっぱり「し。」的な考え方を続けてる限りはそれも無理だし。


8月8日(日) 本屋さんの手書きのポップ広告

というのが目につきだしてから久しい。「とにかく超おもしろいっス!おすすめっス!」みたいなやつである。世の中「手書き」の文書が減ってきているからか、当初は新鮮に感じられたし、実際これがきっかけになって火がついてベストセラーになった本もあるらしい。くだけた調子で身近だし、わざわざ手書きにしているんだから、実際に読んでおもしろかったんだろうなと思わせる仕掛けである。

 しかし、あまりにもこれが多いと、「あー、またか」、ここの本屋の営業部長かなんかに言われて書かされてるのかなあ、ひょっとして雛形があったりして、などと猜疑心の強い、私のような客は逆に引いてしまうのである。「っス!」調も私のような歳になると軽薄感しか感じないのである。

 それに、当たり前だが、本屋さんが商品をけなすはずは無いのである。「この『セカ中』、何でこんなに売れてるか正直わからないっス!日本も終わりっス!」などというポップ広告はありえないのである。

 これがたとえば八百屋さんなら、「このスイカ、ちょっとカタチ悪いから、えーい、奥さん、100円引き、もってけどろぼー!」みたいなことは昔はあったかもしれない。(スーパーではそういうことも無いだろうが・・・。)しかし、本の場合は再販価格制という独禁法の例外措置で定価で売ることを認められている数少ない商品のひとつなのである。

「この、舞城王太郎の新作『好き好き大好き超愛してる。』、おすすめだよ〜、でも芥川賞落ちちゃったから、ほんとは1500円なんだけど、1000円にしちゃうっス!もってけどろぼーっス!」ということにはならないのである。

 上手なポップ広告を書くのもいいが、本屋さんには本の知識(=商品知識)をもっと身につけてもらいたいと思うのである。それから「カバーは?」「お願いします!」「・・・承知しました」という場合の、なんとなく感じるとげとげしさ、なんとかしてもらえませんか?


8月5日(木) 野球チームのように、文庫のリーグ

というものを選ぶとすれば、岩波、新潮、角川の御三家ははずせないだろう。

 続いて来るのはやはり講談社、集英社か?

 岩波などは、岩波文庫のほかに岩波現代文庫だとか、今は出てないようだが、同時代ライブラリーなどというシリーズも出していたことがあったし、たとえば角川文庫にも角川ホラー文庫というシリーズがある。講談社も、講談社学術文庫とか講談社学芸文庫(これはほとんど単行本価格である)という分家が存在する。

 しかし、まあ上記5社ははずせない。続いて来るのは、どこか?ハヤカワ文庫、創元文庫はミステリーやSFなどを中心に私にとっては貴重なシリーズである。河出文庫はいかにも怪しげな雰囲気を漂わせた曲者であるがこれが無いとずいぶん私の蔵書は淋しくなるだろう。光文社、徳間あたりもラインアップがおじさん専用という感じではあるが彩りとしては入れたい。このあたりは特に角川などをリタイアした(絶版になった)作品を再雇用しているケースが多いところが心にくい。幻冬舎は文庫の長い歴史から言うと新人ではあるが、無視できない存在になりつつある。

 あっ、今や昔の岩波文庫という感じのちくま文庫(&ちくま学芸文庫)もはずせないな。それから、青少年向けのいわゆるライトノベルと言われている文庫の一群もあるが、まあこれは野球で言えば高校野球みたいなもんかな?などと読んでもいないのに勝手にそう思っているのだが、文庫メジャーリーグのスカウトたちはこういう小説の書き手に注目しているはずである。(山本文緒など今やメジャー作家がこの分野で成長したのである。)

 文庫界では比較的新参の小学館や伝統はあるがなぜか地味な中公文庫も難しいところである。うう、これでは1リーグでは難しいので2リーグ制が必要か?

 朝日文庫というのもある。宮部みゆきの直木賞受賞作『理由』(1998)は朝日新聞連載→単行本(朝日新聞社)→朝日文庫→新潮文庫という移籍を果たしたが、これなどは先の角川→徳間コースとは違った出世コースである。

 「文庫オリジナル」だとか「文庫書き下ろし」という作品も数多い。この文庫リーグはまたの機会に考えるとして、今私が読んでいるのは文庫オリジナルである有栖川有栖の『ダリの繭』(1993、角川文庫)という作品である。考えて見ると、文庫自体が野球で言えば社会人野球のようなものか?

(追記) 失礼しました。文春文庫様を失念しておりました。


8月4日(水) 日本産ヒジキに無機ヒ素

が高濃度で含まれていて、発癌性があるのであまり食べないようにという英国政府の勧告があったというニュース(7月28日)。さらにその2年前にはカナダ政府も同様の勧告をしていたというニュース(7月29日)。気になっていたが書くチャンスを逃した。

 多分、英国やカナダでのヒジキ消費量は日本に比べて圧倒的に少ないはずである。もちろんどんな国にもマニアはいるだろうから、ほとんどヒジキばっかり食べている人がいないとは限らないが・・・。

 問題は、この発表を受けての日本政府の対応である。厚生労働省は、要するに、WHO(世界保健機構)が定めた無機ヒ素のPTWI(暫定的耐容週間摂取量)を基に体重50kgの人なら毎日4.7gのヒジキを継続的に摂取しないとこのPTWIなるものを超えないから、多分大丈夫でしょう、偏らないでいろんなものを食べましょう!という趣旨の発表を行っている。(7月30日)

 うーん、4.7gのひじきってどれぐらいなんだ?いろいろ調べてみると、2人分の「ひじきごはん」で10g、「ひじきのからしあえ」で20g(4-5人分)、「ひじきと大豆のうま煮」で30g(4-5人分)等々とあるぞ。メニューによっては、ひじき1袋とかいうのもあるぞ。

 まあ、この世の中、こんなのいちいち気にしていたら生きてはいけないが、水銀-マグロ問題を見てもほとんどが海外発のニュースに日本のお役所が条件反射的に、よくわからないが多分大丈夫、大切なのはいろいろ食べることなどと発表しているという構図があやしいのである。

 昨年6月の日記(5日)にマグロ問題について書いた通りである。私も、厚生労働省も、マスメディアも進歩してないなあ。

(追記) 何故ハリガネムシなんだ? 2

 昨日の日記で、『ハリガネムシ』と「探偵!ナイトスクープ」の相関関係について書いたが、この番組では、昨年の11月7日にもやはりハリガネムシについて取り上げて放送していたらしい。そして、同じ頃、当サイト11月9日付けアクセスTop10では、やっぱり吉村萬壱『ハリガネムシ』(2003)がいきなり1位になっているではないか。恐るべし!


8月3日(火) 何故ハリガネムシなんだ?

8月1日付けのアクセスTop10で、2回前の芥川賞受賞作、吉村萬壱『ハリガネムシ』(2003)が急上昇して1位になった。

 意外な結果だったので少し調べてみた。

 すると、驚愕の事実が浮かび上がってきたのである!大阪・朝日放送が製作・放送している、「探偵!ナイトスクープ」という番組があるらしい。毎週金曜日の23:17-という時間に放映されているようだが、この番組の先週の放送分ではどうやら、寄生虫としてのハリガネムシがテーマとして取り上げられたようなのである。

 うー、たしかにログファイルを見ると突然金曜日の夜中あたりから、当サイトの『ハリガネムシ』へのアクセスも急上昇、見事週間アクセス数で断トツの1位になったのである。恐るべし、TVの力!(この番組は大阪だけでは無く、時間帯はいろいろだが各地で放送されているようである。)

 しかし、TVに取り上げられただけで、アクセスが集中するわけでは無い。たとえば片山恭一 『世界の中心で、愛をさけぶ』(2001)。日本の小説単行本としては売れ行き歴代1位、映画にもなり、TVドラマも放映中。もっと、アクセスが来てもいいではないか。すくなくとも深夜番組で一回取り上げられた寄生虫の名前と同じ名前の作品に負けるのはおかしいではないか。

 たしかにTVの力は偉大ではあるが、いかにTVで取り上げられようと、映画がヒットしようと、Google、Yahoo、MSN(敬称略)の三大検索エンジンのどれかで上位に表示されていない限り、アクセスは増えないのである。『セカ中』はその典型例なのだ。

 過去のアクセスTop10を振り返って見ると、『白い巨塔』『てるてる坊主の照子さん』というドラマ化作品が累計で上位を占めているが、このときはGoogleで上位表示されていたのである。

 映像化作品も無い、TVで取り上げられた作品も無い場合にはどういうことになるか?

 その場合は、古典が上位に浮上するのである。最適の例は、ヘミングウェイ『老人と海』(1952)だろう。

 しかし、検索エンジンも、TVも映画も、夏休みの読書感想文も関係無い、このサイトが面白いという人がいなければ、いや、それより何より本の感想文がもっと掲載されなければ裾野は広がらない。

 私ができることは、より読みやすい、おもしろい感想文をひとつでも多く掲載することしかないのである。それでアクセスが増えてどうなるんだ?あー、そういう難しい問題はもっとアクセスが増えてから考えることにする。


8月1日(日) 賞は取ったが本が出ない

モブ・ノリオ 『介護入門』にあやかったわけでは無いはずが無い。今月の日記のタイトルである。

  日本語は同音異議語が多いのでこのような駄洒落が発達するのである。ここにこそオヤジギャグの文法的基礎がある。さらに、技術的には日本語処理ソフトの発達で、辞書を引かなくても、変換候補がいろいろと出てくるのでさらにオヤジギャグは安易に生産されるのである。

 『蚕の森』、『解雇の森』、『懐古の森』と自由自在である。

 8月が始まった。オリンピックもある。

 夏だけに、お疲れサマー!(涼しくなりましたか?)


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