本の壁 − 発起人の日記 10 (2004年1月)

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1月29日(木) 学歴詐称

問題で古賀議員が民主党を除籍されたという。

 なんだか大騒ぎをしているようだが、はたしてこれはそんなにたいした問題なのか?

 私にはそうは思われない。悪いのは学歴や容貌、所属政党ぐらいしか判断材料を持っていないで有権者に判断を迫る選挙制度である。そしてそれを許している有権者(=一日主権者)である。

 有権者が判断する上で学歴が重要な要素となるだろうときわめて実利的に考えた古賀議員を弁護するつもりはまったくない。私が言いたいのは、当選する前から議員候補の経歴や政治信条、履歴などをもっと公開できるようにするべきだということ。

 選挙が公示されるとインターネットで政治や選挙を語ることが公職選挙法違反になるのである。インターネットはそんなに怖いのかな?

 データを与えない、報道をしない、「公報」などという誰も読まないものでソソクサと選挙をすませてしまおうという現在の姑息な制度をもっと自由なものにすれば、こんなすぐばれるウソを並べる議員候補の数も減るだろう、と思うのである。

 サラリーマンだって日々「市場」評価を受けてるんだぞ〜! 


1月27日(火) ひさしぶりにお酒を飲みました

 というわけで日付は実はすでに1月28日に突入しています。だからあまり書くこともなく、ひたすら甘い眠りを望んでいます・・・。またお目にかかりましょう。


1月26日(月) 本が売れてないらしいよ−ケータイのせいじゃないけど

 「出版科学研究所」というところの調べによると、昨年の本(出版物)の推定販売額は2兆2278億円(前年比3.6%減)、うち書籍が9056億円(4.6%減)、雑誌が1兆3222億円(2.9%減)だと報道されている。これで7年連続前年を下回ったという。

 1億2千万人以上の人口がある国で本に2兆円ちょっとしか使わない、つまりひとり2万円に達しないということ。「書籍」に限るとひとりあたり8千円以下!

 この数字が国際的に見て高いのか低いのかはわからない。

 しかし、たとえば、携帯電話最大手のドコモの売上高は年間約4.8兆円ほどである。ドコモの売上高で日本で売られた本が2年分以上買えるのである。もちろんこれは机上の計算にすぎないからドコモの売上がたとえ半分になったとしても本の売上がその分伸びるというわけではない。

 しかし、ハァーっとため息が出るのである。情けないのである。がっくりくるのである。これは時代に取り残されつつあるオヤジの嘆き節だろうか?

 ケータイで遊んでいる暇があったら本を読めっ!とほんとは言いたいのかもしれないが、本を読んで何になる?という問いにも答えの持ち合わせが無いからだろう。結局は好みの問題だと言われればそれまでである。国語力がつくと、あとあと「有利」だよとか思わず口ばしってしまいそうである。

 米国のある調査で「生活に欠かせないが最も嫌いな発明品」を訊いたところ堂々たる第1位が携帯電話(30%)であったそうである。


1月25日(日) アクセス数を気にして本が読めるかってんだい!

 日曜日は家から30分ほど車を運転して本屋さんに行くことにしている。私が車を運転するのはこのときぐらい。本日も行って参りました。相変わらず『蛇にピアス』は見当たらない。無いとなると欲しくなるが、逆に山積みされている『号泣する準備はできていた』には手が伸びない。

 まあこのサイトへのアクセスを増やすために本を読んでいるわけではないので芥川・直木賞作品を無理してまで読まなくてもいいだろう。

 でも今週のアクセスTop10で明らかなように、アクセス上位作品は映像化作品や話題作が多い。ちなみに『白い巨塔』と『てるてる坊主の照子さん』へのアクセスは全体の30%を占めている!ということはこの二作を原作としているドラマが終了したらたぶん30%ぐらいアクセスは減るだろう。

 アクセスを維持していこうと思えば、新しい「スター」的作品を読んで感想文を載せなければならないが、たとえば映画化も決まったと言われている片山恭一 『世界の中心で、愛をさけぶ』とか?うう、でもなんだか手が出ないこの本。

 結局、いろいろ悩んで今日買ったのは、

(1) 山本義隆『磁力と重力の発見』(全三巻、2003、みすず書房)

(2) ミシェル・フーコー『言葉と物』(1966、新潮社)

(3) 京極夏彦 『塗仏の宴 宴の始末』(1998、講談社ノベルス→講談社文庫)

(4) 夢枕獏 『陰陽師 飛天の巻』(1995、文藝春秋→文春文庫)

でした。

 今日買った本の感想が載るのはいつの日になることやら。

 ところで、火星探査2号機が無事到着、1号機も直ってデータを送り始めたと報道されています。


1月24日(土) 火星探査車

からの通信が途絶し、NASAは「危機的状況」だと発表している。

 ついに、火星人が探査車を捕捉したものと思われる。鮮明な火星の映像を将来の侵略者たちの目に触れさせるわけにはいかん、と火星人たちは考え、事故や故障に見せかけたのである。

 最初地球に送られてきた映像−赤茶けた、荒涼たる砂漠の映像−はおそらく高度な科学技術を有する火星人が、まさに地球人が想像する典型的な、最大公約数的な火星の映像を察知し、合成したものである。

 しかし火星人たちの間でも意見の対立があったのだろう。地球人の中でも特に好戦的な連中が地球での戦争では満足できなくなり、火星に探査という名の侵略軍を派遣してきたらどうするのか。地球人の想像する火星の合成画像なんか送ったら、ほら何にも無いでしょう、火星人だとか恐ろしい連中はいないんですよ、でも資源とかありそうだよね、それに有権者に夢も与えるだろうし・・・となってやって来たらどうします?

 そうだなそれももっともだな、こうなったら真相は多分地球人にはわからないだろうからほら電波を遮断して地球博物館にでも入れておこう・・・となったのである。

 以上は私の希望的観測である。火星人たちは平和愛好家である。もちろん、私も火星人に会ったわけではないからかれらがどんな姿をしているかはわからないが、なんとなく我々地球人とそんなに変わらない姿をしているような気がする。いしいひさいちの漫画に出てくる地底人よりも地球人に似ているような気がする。

 えっ?すでにNASAや米国政府は火星人が支配している?ということは火星人は好戦的だということか?いくら火星が軍神であるからといってもそれはないだろう・・・というのは私の希望的観測である。

 あっ・・・今何か光りませんでしたか?

 あれ?今まで何してたんだろう?

 なんか最近昔のことはよく覚えているのに直近の記憶が消えるんですよね。


1月23日(金) 雪よ降れ!

 東京地方は寒いがおおむね晴れているが、日本海側などでは大雪だそうだ。雪と聞いてスノボーだ雪だるまだ雪合戦だと騒ぐキャラでは無いが、雪がたまに降って積もるとやっぱり嬉しいのである。えーい、また中央線が遅れるワイ、すべって腰骨でも折ったらたいへんだとかいいながらも雪が降るとやっぱり嬉しいのである。何が雪のシンになっているかという知識があるので、天に向かって口を開け、雪を食べることはしないが、誰も見ていなかったらそんなこともしてみたいと思うのである。

 雪は風景を一変させる。赤を背景の大きなMの字とか、「黄色い看板」にPの字とか、ビルの屋上などにある白地に青・赤・緑の電飾看板?とか、そういう、もし可能ならば世の中から消えてしまったほうがスッキリするぞと実は心のどこかでかなりはっきり思っているものを一時的にでも消してくれるはずだ。

 しかし、東京では少々の雪でそのようなゴチャゴチャを消すことはできないだろう。このような色と光の「暴力」に対しても真正面から向かい合うしか無いのである。こういう態度こそが実存主義的なのであるぞよ、森と湖に囲まれたノルウェーの小娘ごときには理解できまい。( ゴルデル 『ソフィーの世界』


1月20日(火) 吉野家が国産牛で牛丼継続へ

という趣旨の記事が朝日新聞電子版に出ている。一部店舗らしいが、私が吉野家を励ます替え歌を表紙に載せたとたんいち早く決断するとは、吉野家の経営陣もなかなかやるではないか。

 やはりこのサイト、見る人は見ているのである。

 見ていない人は見ていないのである。

 私について言えば、真保裕一の江戸川乱歩受賞作『連鎖』(1991)を読んでからは、読む前よりいっそう吉野家にはいかないことにしていたのである。もちろんこの小説に吉野家は登場しない。牛丼の「松田屋」というのは出てくるが・・・。

 でもこの吉野家の心意気、私も意気に感じるぞ。精神的には支援を惜しまないつもりだ。しかし復興支援にまでは踏み切れないな。

 替え歌でエールを送る:

♪よっしのやー イェー イェー

♪よっしのやー イェー イェー

♪よっしのやー イェー イェー イェー

(シー・ラヴズ・ユーの節で。あとはグッチ裕三にまかせたっ!)


1月19日(月) 月曜日でしかも冷たい雨

 というカーペンターズの歌のような今朝の東京地方。それに輪をかけるように、しかしこれはいつものように、JR中央線は乗っている間にいつの間にか遅れはじめ10分遅れで目的地に到着!

 さてこのような日にはいったいどんな本を読めばいいのか?私が今読んでいるのがロルフ・デーゲン 『フロイト先生のウソ』(2000)というドイツのジャーナリストが書いた本。フロイトだけではなく、フロイトを読んでいなくても私たちが影響を受けている精神分析学のさまざまな理論・主張がコテンパンにやっつけられている。

 うーむ。階級闘争という「神」を作り出したマルクスを否定し、無意識という「神」を作り出したフロイトを否定すれば残るのは夢の無い統計とデータの塊、そして中央線のレールのようにだらだら続く日常なのか?

 そういうものなのか?これがいわゆる「動物化」か?と疑問が浮かぶが、雨が流してしまう埃のように意味の無い意識となって忘れ去られていく・・・。


1月18日(日) 今週のアクセスTop10/今日の本屋さん

 1月18日付けのアクセスTop10、大きな変動はありませんでした。

 ところが累計ベースでは昨年8月10日から23週間、トップを守ってきた養老孟司 『バカの壁』山崎豊子 『白い巨塔(四)(五)』に首位を明け渡しました。巨塔が壁を越えたか!

 今日本屋さんに行ってみると、すでに芥川賞受賞作、金原ひとみ『蛇にピアス』は見当たりませんでした。 綿矢りさ 『蹴りたい背中』と、京極夏彦、江國香織の旧作などを買って帰りました。芥川賞・直木賞受賞作を読み続けるだけでもけっこうタイヘンなことだと思います。(読んでないけど・・・)


1月16日(金) 毎日MSニュース

 暇はあるが金は無い人間にとって、ネットの無料ニュースサイトほど楽しいものは無い。インターネットの時代だなあ、『2001年宇宙の旅』だよなあ、などと実感するのである。

 ところが、毎日新聞はマイクロソフトとニュースサイトを統合するという。

 あー、ちょっと、これ危なくないか?マイクロソフトは世界最大の市場価値を持つソフトウェア会社である。毎日新聞はメディア(報道機関)である。

 統合したあとも、毎日新聞はビル・ゲイツやMSに不利なニュースをちゃんと報道できるのか?MSの母国、アメリカに批判的な報道や解説も行うのか?単に赤字だからといってスポンサーほしさに、そうでなくても独占の批判が強いMSと簡単に提携しちゃっていいのか??

 ほんとかどうか知らないが、北朝鮮では国内放送しか映らないようになっているテレビしか無いという。もしほんとうなら、これはハード的にそうしているのだろうが、「フィルタリング」機能?なんかを使ってソフトウェア的にそうした規制をMSがかけてこないという保証はあるのか?これは単に技術音痴の私の妄想か?

 最近読んでないけど、毎日新聞ウェブサイトの「インターネット事件を追う」などのコンテンツは大新聞が運営するニュースサイトの中では群を抜いていたように思うが、こういう記事もちゃんと今後も載せるのか?

 無料だから、安いからといって、いつのまにかハンバーガーが好きな「ビッグ・ブラザー」に私たちの頭が染まってしまわないように気をつけていきたい・・・と思って、忘れないように書いておく。

 マイクロソフトさん、消さないでね、この日記。


1月15日(木) 芥川賞・直木賞/JR中央線日報/ドラえもん問題

 そうきたか、複式できましたか、本日発表の芥川・直木賞。昨日の予想にプラスして、芥川賞は金原ひとみ、直木賞は江國香織とどちらもW受賞でした。江國香織の受賞作「号泣する準備はできていた」をNHKのアナウンサーが「ゴウウする準備はできていた」と読んであとで訂正していました。豪雨する準備はできないよ、雷様じゃないかぎりね。

 ・・・とこのふたつの文学賞でまた忘れそうになったが、JR中央線っ!今朝のも自然な遅れかあっ?いつもは「ケータイ」がどーとか、喫煙はラッシュ時はやめろとかうるさいのに今朝のような「遅れ」の場合には状況説明もなく、ただ「ごめいわくをおかけしております・・・」とときどきアナウンスするだけ。NHKの朝のニュースで「首都圏のJR線は通常通り順調に運行しております」としか言わないJR東日本からの中継はもうやめなさいっ!

 中央線は開かずの踏み切りで道路交通を遮断している上に、鉄道自体もコレステロールたっぷりの血管みたいではもう先は長くないなあ。

 ドラえもんのロボットが発売されるそうだから、そのうちどこでもドアも発売されると誰も中央線なんか乗らなくなるぞ〜。中央線だけじゃないかもしれないけど・・・。


1月14日(水) 読んでもいないのに、大予想!芥川賞・直木賞はどうなるか?

 たしか明日選考会があるんですね。候補になっているのは、

芥川賞

    金原ひとみ(20)    「蛇にピアス」

    島本理生(20)     「生れる森」

    綿矢りさ(19)        「蹴りたい背中」

  いと*山秋子          「海の仙人」 (*いとは糸へんふたつ横に並べた字)

    中村航                「ぐるぐる回るすべり台」

直木賞

    江國香織        「号泣する準備はできていた」

    京極夏彦        「後巷説百物語」

    朱川湊人        「都市伝説セピア」

    馳星周            「聖誕祭」

    姫野カオルコ 「ツ、イ、ラ、ク」

 芥川賞は19,20の女性作家3人を並べたところを見るとこの中から選ばれるか?だとすると知名度から言って綿矢りさか?(というかあとの人は知らない!)

 直木賞は、やっぱりここはそろそろ京極夏彦で決まりでしょう!フレッシュな芥川賞、人気の直木賞でバランスもとれてます。

 さてどうでるか?


1月13日(火) 15分程度の遅れは当たり前のJR中央線

 いやー、毎度やってくれてます。私が愛用せざるをえない、首都圏交通の大動脈、JR中央線。今朝は人身事故でも無いのに、なんとなく15分ぐらいは遅れていました。夜にも今度は人身事故でまた遅れたようです。

 毎朝NHKで、いつもJRは順調ですという放送を見てから出勤してみると、駅は人で溢れそう・・・ということに慣れてしまっているせいかもう腹を立てる気概もうせています。

 自衛隊のイラク派遣なんてこともこれが20年前だったら内閣のひとつやふたつはつぶれていたでしょうが、今やこれも何となく当たり前のようになっている・・・。

 いやあ、人間、環境に順応するというか、日本人は忘れっぽいというのか、穏やかな性質なのか?それともケータイで遊んでるから大丈夫なのか?あ゛ー、でもそのケータイを持っていくのも忘れてしまった私でした。

 フレドリック・ブラウンの短編集などを拾い読みしながらこの通勤の時間に耐えておりました。


1月12日(月) 今週のアクセスTop10/鳥インフルエンザ等

 昨日(1月11日)付けのアクセスTop10、やはり『白い巨塔』が圧倒的な強さを見せました。ランクインしたのは8位に同じくテレビドラマ原作のなかにし礼 『てるてる坊主の照子さん』(2002)、姿を消したのは前週4位タイだった、 矢作俊彦 『ららら科學の子』(2003)

 全体としては変動の少ない一週間でしたが、当サイトへのアクセス数は過去最高(推定)になった模様です。テレビドラマと検索エンジンのおかげでしょうか?

 ところで、米国でのBSE牛発見、(食べないから直接関係無いけど)鯉ヘルペスやハクビシンのSARS疑惑に続いて今度は日本の山口県で日本では79年ぶり鳥インフルエンザ発生だという。関係ないけど、京都では半年前の鶏卵を出荷していた業者がいたそうだし、うー、食べるものが無い!

 政治家とかお役人は「業界」のことを考えてか、必ず大丈夫だと言うのである。魚・水銀問題も私は忘れていないぞーとは言ってもいつのまにか気にせず食べているのだが・・・。こうしてときどきは思い出すのだ。ときどき思い出すぐらいでは問題は改善されないだろうが、忘れっぱなしよりはいいだろう。


1月10日(土) 新撰組ブームを斬る!

 今日テレビを見ていたらNHKで新撰組関連番組をやっていた。若者の間でブームだそうである。もちろんNHK自体が今年の大河ドラマで新撰組をやっているのだから、作られたブームであるという側面はある。今日見た番組などははっきり言って、ドラマ主演の香取慎吾が登場したりして、自作自演というか狂言というか、まるまる番組コマーシャルではないかという気もする。

 何の素地もなくいきなりブームになるということもないとは思うが、さあ視聴率はどうなるか?

 私自身は司馬遼太郎 『燃えよ剣』(1964)や早乙女貢『沖田総司』(1976、講談社→講談社文庫、評点4)を読んだことがあるぐらいで思い入れはほとんどない。

 そういえば「マカロニほうれん荘」という漫画では「としちゃん」と「こんどうさん」のコンビが活躍していたなあ。つかこうへいは『幕末純情伝』(1988、角川書店→角川文庫)や『龍馬伝 野望篇』(1991、角川書店→角川文庫)の中で新撰組の連中を自由に素材として使っていた。

 コミックスの世界でもここ数年新撰組を題材にした作品が流行っているそうである。

 歴史的にみると、私の理解では、新撰組は徳川幕府の京都における倒幕派弾圧の半公式治安警察のようなものである。もっとはっきり言うとテロ(取締?)部隊である。しかも厳しい規律があり、内ゲバで死んだ隊員のほうが多いのである。

 何が言いたいかというと、幕末・維新の動乱という歴史的背景抜きに「沖田さん」が素敵だとか、現代に生きる若者としてどうだとか言ってみても始まらない、と思うのである。「私にとっての誠とは?」とかスタジオ参加者に聞いたりしても意味が無いのである。新撰組ゆかりの地が観光地となり、お菓子やお土産ができ、町おこしの予算を取るための口実に使われるだけなのである。


1月8日(木) 復活か?『白い巨塔』

 フジテレビ系列で放送されているこの山崎豊子原作のドラマ、年末年始は休んでいたが今日から再開された。『白い巨塔(一)(二)(三)』(1965)『白い巨塔(四)(五)』(1969)の感想文へのアクセス数も一時低迷していたがここにきて復活の兆しが見える。

 ふたたび白い巨塔時代が続くのか?しかしこのドラマ、当然のことながら原作とはいろいろ設定が変えられている。今日放送されたスペシャル2時間版をすこし見ていると、なんと、訪欧(原作と異なりドイツではなくポーランドなんだな、これが。)中の財前に里見が電子メールを打っている!

 当たり前か・・・。


1月7日(水) 本を持っていくのを忘れる

 この私の屋根裏部屋の、本の山と壁に囲まれた世界に生きている限り、私が読む本に困ることは当面、無い。しかし、朝バタバタしているときに読んでいる本を持っていくのを忘れることがある。今日がそうだった。

 ということは私は電車の社内広告を何度も読むしか読むものが無くなるのだ。スポーツ新聞などを買う手もあるが私の興味を引くような記事はとくにこの季節、載っていないのでつい買いそびれる。

 電車の中でなにやら一生懸命読んでいる人たち、楽しそうだなあ。

 そういうときは?うーん、とりとめもなく今読んでいる本のことなどを考えるしかないではないか。ということは本を読んでいるときは実は考えていないということか?考えないで本を読んでいていいのか?読む⇔考えるの相互作用とか言うのは簡単だが、実は読む→考えないという道ができてはいないか?あるいは考えない→読むということもあるのか?

われ読む、ゆえにわれ在り?

われ読まない、ゆえにわれ無し?

われ考えない、ゆえにわれ無し?

 あー、こんな屁理屈を並べ立てるのは家に忘れた『ソフィーの世界』のせいだ、きっと、そうに違いない。

 無くて七癖、七草粥−はちゃんといただきました。


1月6日(火) 京極夏彦 『豆腐小僧双六道中ふりだし』

 という本を日曜日に買いました。中身は読んでないのでわからないが見た目は豆腐のようです。応募者全員に豆本プレゼントということなので普段は文庫本を待つ私もついつい手が出てしまいました。

 仕事のほうはさておき頭の中は無数の本の虫が這い回っている状態です。


1月5日(月) 引きこもりの終り

 あー、今日はフツーは仕事始め。憂鬱な気分で出勤された人も多かったことでしょう。

 私の場合は、何を隠そう6ヶ月ぶりの仕事始め。本の壁に取り囲まれ、屋根裏部屋に引きこもっていた生活は終りを告げたのである。

 本の中の世界はすばらしいが、現実のビジネスの世界は月並みで苦しく、たいていの場合はおもしろくない。しかし現実から逃げているばかりではしかたがない、いつか人は夢から覚めなければならないのだ。

 でも果たしてビジネスの世界が現実で本の中の世界が虚構だと誰が決めるのか?清涼院流水じゃないが、『ソフィーの世界』じゃないが、「胡蝶の夢」ではないが・・・それは誰にも断定できないのである・・・・なんてことを言っているようじゃ社会復帰の前途は多難だなあ!


1月4日(日) 今週のアクセスTop10

 本日付のアクセスTop10、「このミス」の威力か、 歌野晶午 『葉桜の季節に君を想うということ』(2003)が首位でした。このほか6位タイの 太宰治 『人間失格』(1948)、8位タイの山崎豊子 『白い巨塔(四)(五)』(1969)がTop10入りしました。

 かわりにTop10から姿を消したのは、先週1位タイだった養老孟司 『まともな人』(2003)、7位だった ワトソン 『二重らせん』(1968)、10位だった浅田次郎 『蒼穹の昴』(1996)

 比較的穏やかなというかあまり変動の無いTop10となりました。


1月3日(土) 作家の故郷シリーズもあった

 いつのまにか中断中の作家の故郷シリーズもせっかく半分ぐらいやったので、最後まで続けていきたい。「このミス」ベスト3読破プロジェクトというのもまだ放棄したわけではない。

 いろいろと計画らしきものは立てるがなかなか実現しないところなんてまるで今の日本そっくり。まさに現代日本を反映する同時代サイトだな。

 三が日も終わると世の中だんだん激烈な日常モードに戻っていくんだよな。

 私もそろそろギアを入れ替えなきゃね。


1月2日(金) 今年はどんな本を読もうかな

 別に厳密な計画を立てるということではなく、どんな本を読んだほうがいいかということを考えてみた。ひとつは、哲学・思想系。だれかひとりかふたりを決めて集中して読んでみるということをしてみたい。たぶん、フーコーとニーチェか?私は普段枕元に分厚い哲学・思想系の本を置いていて、寝る前に読むことにしている。(これは睡眠剤としては効果抜群だ。)ミステリーやホラーを置いておもしろさのあまり眠れなくなるという愚は繰り返してはいけない。

 2年ぐらい前はハイデガー『存在と時間』を置いていたが、さすがこれは寝っころがって読めるようなシロモノでは無いことに気がついた。その後フロイトを置いていたが、これはときどき面白くなってつい時間を過ごしてしまうことがあった。現在はフーコー『狂気の歴史』を枕頭の睡眠誘導本として活用している。

 小説では、舞城王太郎清涼院流水などの系統をもっと読んでみたい。古典でも再読したい本がたくさんある。ドストエフスキーとかね。

 それから(古い)新書でチャチャッと学ぶということも続けていきたい。

 まあでも気まぐれな性格なのでたとえば、映像化作品ばっかりを読んでいくというようなことをやってお茶を濁すことになるかもしれない。

 量的には、昨年読んだ本が146冊だったので、それを超えたい。阪神タイガースが優勝にからまなければ、また私をテレビに釘付けにするような事件が起こらなければ、仕事が忙しくならなければ十分達成できるのではないかと思う。(ということは不可能だということか、とくに第一の条件が・・・)

 というわけで現在はヨースタイン・ゴルデル 『ソフィーの世界』を読みながらウォーミングアップをしています。待ってろよ、ニーチェ!


1月1日(木) 2004年の抱負

 とか言ってもなあ、もうこの年にもなるとなにか新たなことを始めようという気にはなかなかならないのである。

 このサイトをとにもかくにも続けること、当初の夢想的計画はさておき、ダラダラと続けていくことをまず第一の目標にしたいと思う。そのためには本を読まなければならない、しかし読むだけではしかたが無い、自分でも何か人様に読んでおもしろいと思ってもらえるようなものが書けたらいいな、とは思うのである。うーむ。夢は大きく!目標は小さく!ってなんのことだか?

 さあ、仮想対象、いや仮装大賞でも見るか!


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